第30騒 長い一日の、ロールケーキと出会った時。
町には飲食店が多い。
あまりにたくさん店があるので、初めは潰れないかと心配だった。
だが、不思議なことに。
どの店も、どの時間も、人はそこそこ入っている。
人の多さが圧倒的に違うのだと、実感した。
ちなみに村にはひとつも飲食店はなく。
誰かが来たら村長の家に泊まっていた。
行商人も滅多に来ないので、誰かが来るだけでお祭り騒ぎだ。
でも心配はいらない。
買い出しに行っていた村には、食堂兼宿屋があった。
だから、俺は知っている。
魔法で精製した水はお金がかかるが、井戸水は無料だ。
ほんの少し濁っているような気のする水を持って。
店の中だけど外にあるテーブルに陣取る。
そこにしようと言ったのはアドルドだ。
中の席は外の席に比べて小さい。
人の流れもあるから、大柄なアドルドではゆっくり出来ないのだろう。
布張りのおしゃれな椅子に座る。
向かいに、皿二つとコーヒーを持ったアドルドが身を沈めた。
「ほら。おごってやる」
二つある皿の、一つを差し出された。
(何だ?)
好奇心で皿を覗きこむ。
高さ十五センチ、横幅五センチぐらいの、円状の物が皿に乗っていた。
中心は白いが、周りは薄い茶色。二色が渦まいている。
フォークがついているから、食べ物だろう。
コーヒーを飲みながら、アドルドがフォークで半分に切った。
特に何もせず、口に入れた。
音も無く、喉が動いた。
柔らかそうな食べ物だ。
「………」
「食べないのか?」
「………」
匂いを嗅ぐ。甘い。
似たような匂いを嗅いだことはあるが、どこか違う。
一口食べて、動きが止まった。
――これはっ!!
「どうした?」
「甘いな」
「そうか? 丁度良いと思うが………甘いものは苦手だったか?」
「………いや。うまい」
「………そうか」
(こんなうまいものがこの世にあったとは)
柔らかくて甘い。
トウキビの甘さと似ているが、違う。果実の甘さとも違う。
とにかく柔らかて甘くてうまい。
きっと、お高いのだろう。
もう二度と、お目にかかれないかもしれない。
アドルドがいたから食べられたのだ。
大切に食べよう。
心に焼き付けるように、大切に、咀嚼する。
食べている最中に、横から誰かが当たった。
「失礼」
「………」
隣のテーブルに座ろうとした人が当たったようだ。
皿に向き直る。
途切れた集中力を取り戻そう。
真剣に食べていると、視線を感じた。
「どうした? アドルド?」
「………いや。ちょっと……お前が心配になった」
「??」
「気にするな。食べろ。おい、ロールケーキもう一個追加」
近くの店員にアドルドが伝える。
そうか。ロールケーキというのか、これは。
そうか。もう一個、食べれるのか………。
至福の時間だった。
茜色の空の下、アドルドと酒場へ向かう。
今回は、道を把握したアドルドが先頭を歩いてくれている。
安心安全だ。
「あそこだな」
(もう付いたのか?)
アドルドが先頭を歩くと、目的地に着くのが早い。
確認の為に体をずらせば、忘れられない柱が、路地裏の隙間から見えた。
今日一日、持ち続けた鞄を握りしめる。
覚悟は、出来ている。
思ったよりも、不安は無い。
ロールケーキのお陰だ。
柔らかくて甘い、あの味に、思考の大半が奪われている今なら。
何が起きても大丈夫。
アドルドが躊躇無く、酒場に足を踏み入れた。
気負いの無い姿に少しばかり勇気をもらい、後に続く。
――来店を知らせるドア鈴が、小さく鳴った。
カラトは、じんせいで、はじめて スイーツを たべた。
カラトの中の甘いもの(嗜好品)は、キビ砂糖を入れたクッキー。誕生日に食べれる特別なもので、妹と大事に食べていた。
はちみつは高級品。白砂糖の存在はしらなかった。
これ以後、彼の好物はロールケーキとなる。