第3騒 はじめて踏まれた日の、受付に辿りつけない時。
俺が今日から入る軍は、第二公国にある軍で、第二公国軍と呼ばれている。
第二公国は、その軍事力で過ちを起こした。
ほんの十数年前の出来事だ。
四公国を総べる神の末裔、王家に反逆したのだ。
理由は知らない。
噂では、政治と軍を独裁していた当時の元帥兼公主が、王家の持つ何かに目がくらんだ為だと言われている。
ほかにも色々。噂は豊富だが、真相は謎だ。
結果、第二公国は負け、軍内でクーデターが起こって、当時の元帥が殺された。
それから第二公国軍は王家の監視の元、軍事を縮小。
大幅な人員削減が行われた。
しかし、戦争のごたごたで山賊や盗賊紛いが急増し、治安が悪化。
第二公国は、元々、軍によって治安を維持していたのだ。
人員削減によって行き届かなくなった地域で被害が急増し、王家は軍の増員を許可した。
それが五年前。
まだまだ人手は足りていない。
――だからこそ、俺でも受かったのだろう。
あまりの人の多さに目が回った。
縦横無尽に動く、人!人!人!
村人全部を合わせた数よりも遥かに多い。
今更ながら、ここが首都であることを痛感する。
人波の向こう側に見える受付が、彼方のように遠い。
先に進みたいのだが、待っても待っても、目の前の、人の流れが途絶えない。
一体どこから湧き出ているのだろうか?
空いた!と思った瞬間には詰まっていて。
踏み出し所が分からず、立ち止まったまま。
海を眺めるかのように、無秩序な流れを見続けた。
いつかは止まると思うが、いつがいつかは分からない。
(進みたいけど、進めない)
どうすればこの荒波を通り抜けられるのだろうか?
(………………)
考えても、答えは出ない。
(………………)
(………………)
いくら考えても、出そうにない。
(参ったな。いつまでもここにいるわけにはいかないし)
ものは試しに、一歩踏み出してみた。
一瞬にして三人にぶつかり、元の位置に戻った。
「………………」
絶望した。
新しい環境。挫折はある。当たり前だ。
しかし、最初の挫折が“受付に辿り着けない”とは。
情け無さ過ぎる。
見えているのに。
しかし、人波を抜けて行く自信が全く無い。
見えているのに。
あまりの絶望に、視界がぼやけてきた。
ぼやけたままの風景が飴細工のように伸び、視界が黒くなる。
(アレ?)
変だと思っている意識の中で、腕を引かれた。
「大丈夫か?」
「え?」
いつの間に目を閉じていたのだろうか?
不思議なことがあるものだ。
視線を、曇り空から、声のする方へと向けた。
知らない男が怪訝な顔をして覗き込んでいる。
俺より年上の、世慣れた感じの男だ。
剃り込みの入った髪に、うっすら見える顔の傷が男前だ。
焼けて茶色くなった髪と、肌が、また良い感じで男度を上げている。
「大丈夫か?」
「ありがとうございます」
いけない。いけない。
地面にまっすぐに立って、気合を入れた。
勇気を出す為の、とっておきの呪文を心の中で唱える。
(妹、学費、妹、生活費、妹、結婚費用……)
見えない不安より、見える現実。
唱えるごとに、やる気が漲ってくるのだから不思議だ。
「よし」
気合を入れなおし、人波に一歩踏み出した。
一瞬にして二人にぶつかり、元の位置に戻った。
「…………………」
空腹も相まって、非常に気分が悪い。
しかし、しかし、受付を済ませないと晩御飯にもありつけない!
「…………………」
絶望に身を震わせていると、頭上から声が掛かった。
「連れて行ってやろうか?」
見上げると、先ほどの男がまだ居た。
連れて行ってくれると言ったのか?誰を?どこまで?
「いや、良かったら、あそこの受付まで一緒にどうだ?」
男が指差す先には、受付があった。
――現人神、降臨。