第28騒 長い一日の、すられる時。
久しぶりに、家庭的な雰囲気を味わい。
穏やかに過ごした。
アドルドと別れた直後だったから、時間的にゆっくり出来た。
温かい。
身体と精神が地面から浮いている感じがする。
「ありがとうございました」
「またいつでも来てね」
「お兄ちゃんいこう!」
礼を言う俺の手を引っ張って、女の子が急かす。
女の子が、元いた噴水まで、送ってくれることになっている。
母親は留守番。
一人で危ないんじゃないかと思うが。
やる気いっぱい、元気いっぱいだ。
一人で走って行こうとするのを、引きとめるのも大変なほど。
「本当に、ありがとうございました」
もう一度頭を下げると、美人な母親がほほ笑んだ。
女神のような微笑。旦那さんが羨ましい。
「ルーナのお使いだから、ルーナも、にもつもつ!!」
持っていた二つの荷物の片方。
フィラットに頼まれた方の鞄を、女の子が掴んだ。
持ち上げて、予想より重たかったのか、下に落とした。
またすぐに持ち上げたが、どう見ても重そうだ。
「取り換えよう」
「いやぁ!」
………取り換えるのは無理だな。
意地になった妹と同じ言い方だ。
少し歩いたら満足するだろう。
母親と微笑を交わして分かれ、通りを歩く。
馬車と接しない安全な方に女の子を歩かせ、見守る。
濡れた軍服しか入っていない鞄は軽い。
「うんしょ、うんしょ」
反対に、紙が水をすって重くなっているだろう鞄は重い。
手で持つのではなく、抱えて歩いている姿は、一生懸命で微笑ましい。
一つ一つの行動が、妹と重なる。
昔を見ているような錯覚。
(もう少し、まかせよう)
同じ形、同じ色の鞄。
お揃いだと言うと、顔を輝かせた。
乾かなかった軍服を入れる為に、女の子の母親が鞄をくれた。
偶然にも、フィラットに頼まれた鞄と同じもの。
どうやら一時期、街で流行っていたらしい。
女の子の父親も買っていた。
買ったが、みんな持っていて、よく人のと間違えるから、使わなくなったそうだ。
確かに。見事に一緒な形、大きさだ。
元々が深い色だから、よっぽど使い込んでいないと、違いは出ない。
貰った鞄の特徴は、うっかり擦ってしまったという、一本の長い線だけ。
頼まれた方は、濡れて、少し色が濃くなっている。
濃い鞄を女の子が。
線の入った鞄を俺が。
重さから言うと反対だが、まだ女の子は頑張っている。
女の子の歩みに合わせ。
速く過ぎる時間を惜しむように、歩く。
――油断をしていた。
周りと明らかに進む速度が違っていたから。
誰もが俺と女の子を追い越していたから。
後ろから走ってきて。鞄をひったくられて。
咄嗟に反応できなかった。
「「あ」」
(ぐんぷくぅ!!)
追いかけようとした。
でも女の子がいた。
女の子を置いて追いかける?
無理。迷う。
人ごみなんてかき分けられない。
それに。
だって。
もう。
見失ってしまった。
「………………」
「………かばん、とられちゃったね………」
――やられた。
落ち込むと、女の子が優しく慰めてくれた。
女の子は母親に似ているのか。とても優しい。
(………せっかくもらったのに………)
貰った鞄を取られてしまった。悔しい。
軍服が奪われてしまった。罰則ものだ。
不幸中の幸いは。
(乾かす時に、憲章とバッチをとってて本当によかった)
憲章とバッチは軍人にとって身分証代わり。
紛失は立派な軍規違反。
軍規違反にならなくてよかった。
あぁ。だけど。
(軍服、新しいの買わなきゃ………)
せっかく小遣いが手に入るのに。
入る以上の出費になってしまった。
悲しすぎて言葉が出ない。
女の子が、別れるまで気遣ってくれた。
カラトはこんなものです。