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無騒の半音  作者: あっこひゃん
主旋律
27/89

第27騒 長い一日の、癒される時。


「うあぁ〜ん! ごめんなさぁい!!」

「だいじょうぶだ」

 そうだ。だいじょうぶだ。

 ばれなければ。


 噴水の縁で女の子とぶつかった。

 普通ならぶつかった女の子が倒れる。

 体格差を考えれば。

 けれど運悪く、座ろうとしていた俺は中腰。

 そして縁は低く。

 尻が縁につく直前の、不安定な体勢。

 幼児の体当たりは見事だった。

 綺麗に。そのまま。

 後ろへ倒れた。

 意外なことに、水は綺麗でおいしかった。

 噴水から生還する。

 女の子が泣いていた。

 大丈夫じゃないが、大丈夫と言うしかない。

 六歳ぐらいの女の子の頭を撫でながら、くしゃみを一つ。

 物凄い勢いで母親から謝られた。

「どうか家に来て下さい!」 

 さすがにこのままでは風邪を引く。

 なので。ありがたく、家に寄らせてもらうことになった。

 そして。

 季節的には早いが、暖炉の前で幼女と緩く過ごしている。

 短い赤毛の女の子。野イチゴみたいな丸い瞳で見上げてくる。

 ………………かわいい。

 体を擦り付けて座る女の子。

 煉瓦仕立ての立派な暖炉。

 小さく、火の爆ぜる音が眠気を誘う。

 後ろでは、母親の足音が絶え間なく続いていた。

 久しぶりの、“家族”を感じられる空間。

「どうぞ」

 差し出されたミルクに。

 それは女の子の分だと言おうとしたが。

 やめた。

「ありがとう」

 温かいミルクに、癒されていく。

 頭を撫でれば、嬉しそうに、はにかむ女の子。

「今度からは気をつけろよ」

「うん」

 懐かしい遣り取りだった。

 昔も、こうして俺がバスタオルを巻いて暖炉を占領し、隣で服を着た妹が座っていた。

 ………あの時は真冬の海だった。

 真冬の海に比べると、秋の噴水なんて水溜りのようなものだ。

「これをどうぞ」

 母親の声に振り返ると、畳まれた服を差し出された。

 長い赤毛、赤茶色の、目の大きな美人さん。

 女の子の将来が楽しみだ。

「主人の古着なんですが、どうぞ貰って下さい」

「悪いです」

「でも………あの服じゃあ、風邪を引いてしまいます」

 母親の見つめる先には、濡れた軍服。 

 絞ったけど、水滴が下に置いてあるバケツに垂れ続けている。

 軍服は丈夫だ。

 半年着続けたが、まだいける。

 最近は肌の一部みたいな感覚だ。

 でも、軍服は丈夫だ。

 生地が固いから、なかなか乾かない。

「………いただきます」

 欲しかった冬服を、はからずも手に入れた。

 暖かいのに薄い冬服。形も色も好みな素敵な冬服。

 今まで着た服の中で一番暖かい。

「お兄ちゃん、かっこいい」

「ありがとう」

 頭を撫でるとすり寄ってくる。

 ………鞄がどうなろうと、どうでも良くなってきた。

 鞄も、軍服とおなじように壁にかけて乾燥させている。

 下にはタライ。

 生地が少ない分だけ、乾くのも早い。

 もうタライは退いても平気かも知れない。

(見た目だけでも元通りになればな………)

 前に箱を渡した時。中身は確認されなかった。

 だから、言い逃れは出来る。

 けれど。

(人間、地道に、正直が、一番だよな) 

 付き合ってくれたアドルドに悪いので、渡した後にこっそり伝えよう。

 ばれたらどうなるだろうか? 海に投げられるかも知れない。

(それなら大丈夫か)

 真冬の海でも助かったし。

(取り合えず、ゆっくりして行こう)

 何かされる“かも”と思うと不安なのだ。

 “確実に”何かされると思えば、余計な不安は無くなる。

 後は成り行き任せるだけと達観すれば、精神的な余裕すら生まれた。

(あと三十分だけ)

 全身を弛緩させて暖炉を堪能しつつ、女の子に微笑み返す。

 全力の笑顔が返ってきた。

 癒される。


カラトは、ふゆふく を てにいれた。

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