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無騒の半音  作者: あっこひゃん
主旋律
26/89

第26騒 長い一日の、アドルドと別れた時。

「リラとの待ち合わせはどこだ?」

 店を出て幾つかの曲がり角を過ぎ、細い道に入った時。

 真上を過ぎた太陽を見て、思い出した。

 付いてくると言っていたリラ。

 だが、公休日は必ず家に帰るように言われているらしい。

 リラ本人は昼から合流すると力説していたが、どうなっただろうか。

「もしかしたら、合流出来ないかもとは言っていたな」

 今朝一番でリラが帰る前に、二人で何か話し合っていた。

 その時に聞いたようだ。

「そうか」

 少しだけ楽しみにしていたが、仕方無い。

 大きな体を横にして、先に進むアドルド。

 アドルドがぎりぎり通れるぐらいの隙間道を抜け、裏通りに出た。

 人の行き来の激しい裏通りの波に乗り。

 アドルドの歩みに合わせ、露店を眺める。

 全く関係ないが、例の酒場はこの裏通りから近かった。

 先頭をアドルドに預けたら、10分ほどでついた。

 二時間もかかったのに。不思議だ。

 何かを探しているらしいアドルドは、次々に店を巡る。

 女性への贈り物かと思ったが、違うようだ。

 装飾品の店は一瞥もくれていない。

 そういえば。

 誰ともそんな話をしたことがなかったが。

 みんな、彼女はいるのだろうか。

 経験、しているのだろうか。

(いや、絶対アドルドは経験者だ)

 経験していないアドルドなんて考えられない。

(でもリラが経験してたらなんか悔しい)

 俺もまだなのに、妹と同じ年のリラがと考えると。

 ………………………。  

 ………………………あれ?

 リラが経験していたら

 妹が経験していても

 おかしくない?

 ………………………。

 いや! おかしい!! 絶対おかしい!

 それはない!! ありえない!

 妹に限ってそれはない!!

 兄ですらまだなのに!

「………大丈夫か? カラト」

「すまない。考え事をしていた」

 この件を考えるのは辞めよう。暴れてしまいそうになる。

 元気にしてくれてればいいんだ。うん。

 少しだけ、ざわついた胸を服の上から抑える。

 妹を想うと。

 最近、胃とか胸に、小さな虫が大量に這いずる様な感覚が起こる。

 落ち着かない。

(でも、今日は駄目だ)

 それに。

 今の俺は、何もしてやれない。

 気持ちを切り替えて、アドルドを見上げる。 

 いつの間にか、裏通りから表通りに出ていた。

 眼前を通る、馬車の行く先には大きな噴水が見える。

 噴水は表通りの中心にあり、休憩が出来るようベンチもある。

 手ごろな値段で軽食を売る露天もあり、一息入れるには最適な場所だ。

「休憩か?」

「いや、実は用事を思い出した」

 アドルドは困ったように俺を見た。

「悪いカラト、噴水広場で待っていてくれ」 

「用事があったのか?」

 アドルドが用事を忘れるとは。

 珍しさのあまり、顔を凝視してしまった。

「あぁ、すまない。野暮用を済ませてすぐに戻ってくる」

 慌てているのだろうか。

 顔を逸らし、噴水に背を向け、今にも走り出しそうだ。

 用事があるなら戻らずここで別れても良いのだが……。

「一人で酒場に行くなよ?絶対に戻ってくるからな!」

 先に念を押された。

 肩を掴まれ、揺さぶられて。

 なぜか必死なアドルドを不思議に思いつつ、約束する。

「わかった。アドルドを待つ」

 正直、一人で行くのはとても嫌だったのだ。

「そうだな………三時間だ。それまでには必ず戻る」

「わかった」

 返事を返すと、アドルドは頷き、走って行った。

 急いでいるのは後ろからでも良く分かる。

(悪いことをしたな)

 付き合ってもらって助かるが、野暮用の相手とアドルドには悪いことをした。

(戻ったら謝ろう)

 ひとり、馬車の後を追うように噴水がある広場を目指す。

 保護者がいないので、ここからは用心して歩かなければならない。

 けれど、今日一日で、だいぶ街には慣れた。

 周りを見渡せる余裕が出来たことに上機嫌だ。

 広場には人がたくさんいる。

 一番多いのが、恋人だ。

 恋人同士の固い抱擁や、周りの目を気にしない熱愛。

 さすがは首都。

 見ている方が赤面してしまう。

(………いいなぁ、彼女かぁ………)

 脳裏に思い出したのは、泉の天使。

(また会いたいなぁ)

 遠目から見るだけでも良い。

 抱きしめたいと、思わないわけではない。

 ――決めた。

(今度の公休日から泉に張り込もう)

 鼻歌でも歌いたい気分だ。

 高揚する気持ちのまま、噴水に腰を下ろし。

 何かが体にぶつかって。

 そのまま後ろに倒れた。

「あ」

 誰かの小さな声が、驚くほど良く聞き取れた。

 顔にある全部の穴から一斉に水が入る。

 大きな水泡が口が出て、肺が縮む。

 やばい。

 焦って、どうにかして顔を水から出すと、盛大に咳き込んだ。

「うげっ! げほっ! ごほっ!」

 あー。苦しかった!!

 浅いからよかったものの、深かったら溺れていた。

 上半身を起こすと、水は腰までしかなかった。

 足だけが噴水の縁に残った間抜けな格好。

 目の前には若い母親と、小さな子供。

 二人は蒼白な顔で俺を見ている。

 俺はどんな顔をしているのだろうか。

 秋の水は、ずいぶん冷たい。

 寒気が体に入り込み、体温を奪っていく。

 顔を奇妙に歪めた子供を見て。

 一緒に顔を歪めた。

 鞄が、水に、浸かってしまった………。


鉄壁定番。主人公を一人にすると何かが起こる。

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