第24騒 長い一日の、美女とあった時。
指定された時間は、前回と同じ。日暮れ。
朝ではあるが、下見をかねて店まで行くことになった。
前は店の位置や名前さえ分からず、散々だった。
今回は大丈夫だろう。
胸を張ってアドルドを案内した。
――道に迷うのは早かった。
よくよく思い出せば。
行きは動物に追われ。
帰りは酔った夜道。
道順なんて考えてすらいなかった。
それとなく見覚えのある道を通って誤魔化していたが。
(………………もう無理だ)
ここまで付いて来てくれたアドルド。
今までありがとう。そしてすまない。
足を止め、振り返った。
「悪い。道を間違えた」
心を決め、見上げたアドルドの顔は。
場違いなほど爽やかな笑顔だった。
「時間はたっぷりあるから構いはしない。辿りつけさえすれば、な」
「………」
「ちゃんと、最後まで、案内して、くれる、よな?」
あぁ、アドルドは気付いていたのか。
俺がここまで何度も道を間違えていることに。
こんなに爽やかなアドルドは知らない。
怒っているのか?
怒っているんだな?
しかし、アドルドが怒鳴る気配は無い。
それが怖い。
(お、思い出せ! 俺!)
確かに、見覚えがある、この道! この場所!
ただ、ここがどこか分からないだけで!
(やばい、やばい、やばい)
もう昼前だ。軽く二時間は歩きっぱなしである。
いつアドルドが怒り出しても不思議ではない。
むしろ怒ってくれ。なんで怒らない?
怒られた方が心理的に楽なのに。
いつもはしない薄い笑みを浮かべ、なぜか周りを見て頷いている。
………もしかして。一度通ったか?
(だ、誰か……道を教えてくれるような人は……)
救いの手を求め、視線を彷徨わす。
すぐ近くに入り組んだ路地が見えた。
人はおろか猫一匹すらいない。
………………。
これ以上。
自力で歩いては、いけない気がする。
記憶を絞り出そうともがく。
「ぐぇ」
誰かに首を絞められた。
首ではなく、記憶を絞ってくれ。
「カ、ラ、ト、く〜ん」
お酒の匂い。甘い香り。
高い声。首に吐息。体に細い腕。
背中に当たる柔らかい物に、思考の全てが奪われた。
「ふふふ」
左腕にじゃれつくように。
細くて柔らかい腕が絡まり。
弾力のある大きくて丸い物が押し付けられて潰れて包まれて幸せだ。
「あら〜本当に軍人さんだったのね」
至近距離から見上げるのは、右目のほくろが素晴らしく色っぽい美女。
金髪碧眼の垂れ目美女に、着ている訓練着を上から下まで眺められた。
(………洗ってくれば良かった)
見せようと思って着ていた訳ではない。
ただ純粋に服がなかった。
この街には軍人が多いので、誰も気にしない。
でもせめて、洗い立てのものを着てくればよかった!
「カ、ラ、ト」
アドルドから凄い怒気がっ!!
今までの胡散臭いけど爽やかな笑顔は?!
(アドルド。本気で怒ってる)
この感触。惜しいが、仕方無い。
煩悩を捨てて彼女の腕を解くと、すんなり離れた。
――もったいないことをしてしまった。
「今日が仕事じゃなかったら一緒に飲めたのに」
薄手の服に、濃い化粧。
結い上げていただろう金髪は崩れていた。
彼女の仕事は夜からだ。
もう寝ないと今日の仕事に響く。
「また一緒に飲みましょう。今度は、二人っきりで、ね」
手入れされた綺麗な指が、彼女の肉厚の赤い唇に触れ。
『ちゅ』と可愛らしい音を立てた。
果実みたいな唇から離れた指が、伸びて。
俺の唇に押し当てられた。
「………………」
抱きしめたい!
今、ここで! 抱きしめて、押し倒したい!!
「………あ!」
すり抜けて行きそうな腕を咄嗟に掴む。
彼女は満面の笑みで振りかえった。
「なぁにぃ〜?」
「酒場への道を教えて欲しい」
危ない。忘れるところだった。
あの店の常連客だという彼女なら、知っているはずだ。
変なことを聞いたわけではない。
なぜ彼女は口を尖らすのだろう?
「それだけ?」
抱きしめて押し倒したい。
なんて! 言えるわけがない!
「いいわ。ほら、あそこよ」
眉を寄せても色っぽい。
指差すのは、俺とアドルドが通ってきた道。
よく見なくとも、五メートルほど先に見覚えのある柱が居た。
………あの方向に見えるのはおかしいな。
「教えてあげたから、今度はちゃんと朝まで付き合ってね。カラトくん」
頬をかすめる柔らかい唇。
またもや『ちゅ』と可愛らしい音を立て。
甘い匂いが遠ざかっていく。
残念なような安堵したような思いが入り混じる。
早まる心臓を宥め。
ようやく見つけた店に近づこうとした。
「………………」
肩を掴まれて動けない。
アドルドからとてつもない怒気を感じる。
道に迷っても怒らなかったのに。
彼女が絡んで来てから空気がおかしい。
なんというか、重い。
「アドル、ド?」
「カラト、ちょっと顔をかせ」




