第22騒 頭を使われた日の、説教をされる時。
時々思う。
寝て起きたら何もかも夢ではなかったのかと。
「………ごめん」
幾度目になるのか。
他に言う言葉が思い浮かばず、体を小さくして謝った。
………………。
長く続く静寂。
風呂に入った体が、完全に冷えてしまった。
それでも姿勢は崩さない。いや、崩せない。
………………。
………。
………………………………。
「はあぁ~あ~~」
リラの全力のため息。
「まったく………」
アドルドの心底呆れた声。
「ごめんなさい」
床に頭を擦り付けて、心から詫びを入れるしか出来ない。
「カラト兄ちゃん……ほんま、それはないわ」
「抜けすぎにもほどがあるぞ」
アドルドのベッドにいる二人の視線が、後頭部に刺さる。
突き刺さるような視線ではなく、頭を潰すような重い視線だ。
怒るよりも全力で呆れられている。
(うぅ)
そうだ。全面的に悪いのは俺だ。
何となくやばそうな荷物運びを頼まれた。
嫌だから、どうしたら良いか。という相談をしたのだ。
いつ?と聞かれた。
明日と答えた。
――怒られた。
想像以上に本気で怒られた。
軽く泣きが入った。
自業自得といえばそれまでだが。
今日の訓練の後にフィラットに念押しされなければ、忘れたまま死ねたのに。
思い出せば二週間前に脅迫されていた。
どうして忘れていたのだろう?――不思議で仕方無い。
「カラト兄ちゃん。もうええわ」
並んで座っている二人の顔色を伺いつつ、床から頭を離す。
不機嫌ではあるが、怒っている様子では無い。
微妙だ。
すっぱいものを口に入れた。そんな感じに見える。
「今更どうしようもない文句は置いておいて………話は分かった」
(ふぅ……)
小さく細い息を吐いた。
説教の時間が終わったこと。アドルドがいつもの頼れる兄貴に戻ったこと。
これでどうにかなるかもしれないという、安堵である。
「そもそも、どうしてそんなに嫌がる?ただの荷物運びだろ?」
確かに。普通に考えれば嫌がる必要は無い。
(どう説明しよう……)
大事なことを隠したままだが、巧く話せるだろうか………。
「前に、ひどい目にあった。から」
「あぁ、あの時の……」
包帯だらけで帰った記憶は強烈だ。
四ヶ月たった今でも二人は覚えていた。
「今回も、嫌な予感がする」
「聞いた感じ、変な話ではなさそうだが?」
「何度も断ったのに、強引に無理やり押し付けたんだ」
思い出して、声に怒りが混ざった。
強引なのは性格かも知れないが、二度目は明らかに脅迫だ。
そこまでするからには、前回同様、裏があるに決まっている。
予感、ではない。確信、なのだ。
しかしアドルドとリラは肩を竦めた。
「強引だからおかしいといっても、フィラットが嫌がってカラトに押し付けた可能性は高いしな」
「カラト兄ちゃん、公休日たいがい寮にいてるし」
………そ、そうか。
用事は方便で、面倒事を押し付けられた可能性もあったのだ。
(そこまで考えていなかった!!)
自分の用事を他人に押し付けるのは、普通によくあることなのか!?
これが都会と田舎の差なのか………。
思いもよらない考えに、思考が飛んだ。
「そこまで大事な荷物なら自分で行くはずだろうが………いや、怪しいな」
言いながら、何かに気づいたのか。
俺を見つめて、急に前言を撤回した。
(………?)
「何が怪しいん?アドルド兄ちゃん」
「いや、わざわざカラトを指名する辺り、とんでもなく怪しいと思い始めてきた」
「………確かに。よう考えるとごっつ怪しいわ」
(どういう意味だ!?)
アドルドとリラは二人で納得しているが、俺は納得出来ない!
どうして俺に頼むのが怪しいんだ?!
「今日の明日ではもう断れないだろう。気になるから明日は付き合ってやる」
話の流れが、理由が、まったく、分からない。
けれど、もう良い。
アドルドが一緒に付いて来てくれるのなら、些細なことだ。
「うちは用事が終わったら合流するわ」
リラまで!!
「あ、ありがとう」
協力してくれることが嬉しい。とても嬉しい。
しかし。
「しかしカラト。どうしてこんな大事なことを忘れることが出来たんだ?」
「………」
自分でも、なんで記憶から飛んでいたのか分からない。
これが現実逃避というものだろうか。
「………本当に本気で、忘れていたんだな」
「ありえへんわぁ~」
「ごめんなさい」
俺は再度、床に頭を押し付けた。
明日まで、残り二時間。
それまでに説教は終わるだろうか………。
次回は四月アップです。
そして次から、長い一日の始まりです。