第20騒 頭を使われた日
アップしたはずなんですけど、うまくアップされてなかったみたいです;;
本日は晴天なり。
晴れた秋空の下、寮の裏側にて。
俺は、フィラットの肩越しの空を見上げた。
呼吸に合わせて、息が澄んだ青色に溶けていく。
「なめんなよ、カラト」
視線を真上の青空から少し下げる。
フィラットの獰猛な顔が、視界一杯に広がった。
「……な、なめて……なんか、いない」
吐く息と一緒に喉を震わす。
よし。最後まで言い切れた。
よくやった。俺。
着実に体力が付いているのを実感するのは、こういう時だ。
全身で呼吸運動を繰り返しながら、辛かった訓練の日々を噛み締めた。
だが、あと少し、足りなかったようだ。
「体力の無いお前が、俺から逃げるなんて出来ると思ったのか?」
近すぎる!
油の乗った顔の皮膚が、見たくないのに見える。
潰したばかりの、汁が盛り上がった、にきびまで見えてしまった。
(うぇっ)
女性ならともかく、男に顔を近づけられて嬉しい筈がない。
百歩譲っても美少年までだ。
そんなことは置いておいて。
これは、非常に、ヤバイ。
荷物を届けた日から三か月ぐらい経った。
軍の先輩との約束も忠実に守り、あの時のことは誰にも話していない。
記憶がちょっと曖昧な特別訓練も一週間で終わった。
何事も無かったかのように毎日が過ぎて。
このまま、何事も無く過ぎて行くと思っていた。
前々回の公休日が終わってからだ。
フィラットが、やたらと絡んでくるようになったのは。
例の、荷物運びを頼みたいらしい。
やるわけがない!!
あんな怖い目に遭って、なんでしたいと思うんだ!?
拒否をし続けて一週間。
今週、とうとう実力行使に出た。
(確かに、無謀だったかも)
補習仲間のずる賢さが、無性に苛立つ。
(………終わった)
背中ごしの壁に体を預け、腰を地面に落とす。
疲労によって震えている脚に、腕を置いた。
「しっかし、お前も往生際が悪いな。へばってたくせにここまで逃げるなんて」
言いながら、周囲を見回す。
人が来ないか確認しているのだろう。
ぜひ誰か通りかかってほしいところだが、果てしなく時間が悪い。
訓練(今日は馬術だった)が終わったばかり。
皆は自室で寛いでいるか、倒れているはずだ。
俺は今から補習(勉強)だったのだが、担当教官の都合により無くなった。
知ったのは補習のある教室に行ってから。
聞いたのは、俺を待ち伏せていたフィラットから。
嫌な予感がした。
筋肉痛と疲労を押し切って、即座に逃げた。
そして、失敗。現在に至る。
(運が悪かった)
休日なら万に一つぐらいは可能性があった。
でも、訓練終了後は駄目だ。
体力を絞り切った後を狙うなんて。
しかも今日は馬術だった。まともに走れるわけがない。
フィラットのくせに、頭を使うなんて。
(―――もし、だ)
もし俺が、身体能力に優れていたり、頭脳明晰だったなら。
これほどフィラットを強気にさせなかったはずだ。
巻き込まれて、色々考えた。結果。
貧乏が悪い。という結論に達した。
だからといって、急に金持ちにはなれるはずもない。
むしろ、今更という気がしないでもない。
―――そんな夢物語は置いておいて。
(頼む!来てくれ!リラ、アドルド!!)
金持ちになるより、現実的な願いを祈りの神様に送る。
アドルドとリラは良いやつなので、ある程度時間がたつと捜索してくれるのだ。
階段前で休憩したまま眠っていた時とか、廊下の途中でへばって動けない時とか。
(いつもならアドルドが拾いにきてくれるのに…)
二人は、俺が補習を受けていると思っている。来てくれる確率はとても低い。
だが。諦めない。
「さて、と」
二人だけしかいないことを確認したフィラットが、俺を見下ろす。
自分が優位と信じて疑わない顔で。
「カラト、俺のお願い。引き受けてくれるよな?」
歯を剥き出した笑みで、胸倉を捕まれた。
腕一本で、目の高さまで吊り上げられる。
(これがお願いの態勢なはずないだろう)
それとも、都会のお願いというのは、拘束してからするものなのだろうか?
「頼む。カラト」
俺の倍はありそうな拳を握り締めながら、更にお願いされた。
「金は前の倍だ」
「………」
それが問題じゃない。
けれど、俺にとってはそれが問題だと思われている。
確かに貧乏だけど。こっそり小銭を稼いでいるけれど。
(きっと、無駄、なんだろうな)
フィラットはしつこかった。
フィラットは粘かった。
何度断っても諦めず、最終的に暴力まで持ち出した。
今ここで何を言おうと、了承するまで離してくれないだろう。
実力行使の匂いがはっきりする。
(………どうしたって了承させられるんだよな………)
アドルドとリラが来てくることを願っていたが、諦めた。
拳が腹に突き刺さる前に、降参する。
「見たか?カラトの奴、訓練後に走ってたぞ」
「あいつも成長したな」
「………おい、泣くなよ」
「泣いてない。これは汗だ」
「はいはい」