第17騒 荷物を運ぶ日の、世の中の理不尽を知った時。
大変お待たせしました。またちょっと間が空きますが、よろしくお付き合い下さい。
人からの頼まれ事は、大概やっかいなものなのだと、学んだ。
(………俺は馬鹿だ)
ご飯に釣られてしまった自分に後悔する。
しかし今更。
もう逃げられない。窮地だ。
(時間を戻したい)
知らなかったとはいえ、とんでもないことをしてしまった。
「……というわけっすから、協力を求めるっす」
自分がとんでもないことをしたことは理解した。
けれど、正直、危険なことはしたくない。
どこでだって危険なことはある。
知ってはいるが、そんなのは、自分と関係の無い所で起こって欲しい。
膝の上にある手を見つめたまま、問いかけた。
「………拒否した場合は?」
「協力しなかった場合、軍を辞めてもらうことになる」
(頼みごとじゃないじゃないか!)
完全な脅迫だ。
言葉を飲み込み、ズボンを強く握りしめた。
「残念っすねー。軍を首になったら妹さんに仕送り出来なくなるっすねー」
(なんでそのことを!?)
妹の話に驚いて、顔を上げた。
(………………)
男は、全然、残念そうな顔じゃなかった。
陽気なままの表情で、冷静に俺を見ていた。
(………うぅ)
素直になるしか無い。
よくわからないが、拒否は危険だ。
それに。
軍を首にされたら首を吊るしかない。
行くあてのない身では死活問題だ。
(腹を括るしかないのか……)
「わかりました」
首を吊るよりはましだろう。
頷くと、二人は怪しんだ。
「急に素直になったな」
「手間が省けて助かるっす。分かってると思うっすけど、このことは誰にも秘密っすよ」
「はい」
順々に頷いているのに、また怪しむ。
軽い脅しが、実は死刑宣告だと思ってもない様子だ。
こっちは色々、必死なのに。
戻ってきた荷物。
腕に掛かる重み。
なぜか朝より重く感じるのは、気分のせいだろうか?
「………」
あぁ、溜息が出そうだ。
なけなしの幸せが逃げていくのを恐れて、今まで人生、押さえて来たのに。
俺が何をした。
ただ荷物を運んだだけじゃないか。
聞きたくなかった。
知りたくなかった。
(世の中は理不尽だ)
二人に送り出された後、拉致られた場所まで戻ってきていた。
目的の酒場を前に、立ち止まる。
何の変哲も無い酒場だ。
周りが二階建て以上の建物の中で、たった一軒だけある平屋。
目立つようで、目立た無い。
明かりがついていなければ、見過ごしそうな、小さな木造の平屋建て。
怪しい所はどこも無い。
けれど、この扉を開ければ、何かが変わる気がした。
金属の取っ手に手を掛け、迷う。迷う。
冷たかったはずの金具が、手と同じ温度になり、違和感がなくなる。
自然と扉を開けようとしていた自分に気付く。
慌てて手を離そうとした時。
扉が開いた。
「あぁ!まさか人がいたなんて!?」
膨らんでいた額に、開いた扉が当たった。
ほんの少しの刺激なのに、意識が沈む。
条件反射になったのか。
痛みに痛みの上乗せで、体が感じることを拒否したのか。
「馬鹿野郎!だからお前はもう少し、お淑やかになれとあれほど言ってるだろ!!」
慌てる二人の声を聞きながら、意識が落ちた。
幸いなことに、痛みは全く感じなかった。
「ただいま」
部屋に帰ると、リラとアドルドが自分達のベッドで寛いでいた。
「お帰りカラト兄ちゃん。なんや珍しいなぁ!?」
「カラト、随分遅かったなぁ!?」
いつも出迎える側なので、出迎えてもらえるのは新鮮だ。
ベッドに腰を下ろす。
ようやく戻って来た。
本当に、長い一日だった。
慣れ親しんだ我が家。ただいま戻りました。
「カラト兄ちゃん!どないしたん!?」
「何があったんだ!?」
血相を変えて二人が詰め寄ってきた。
急にどうしたのだろう、二人とも。
人の顔を見るなり声を荒らげて。
「カラト兄ちゃん!なんでそない冷静なん!?」
「お前、今の自分を鏡で見てみろ!」
「いやだ」
答えると、二人の動作が一瞬だけ止まった。
ようやく落ち着く場所に戻れたのだ。
正直、しばらく動きたくない。
「傷は痛くないのか?」
難しそうなことを考えているアドルドの視線が、頭から足元に流れる。
全身包帯だらけだったと、今更ながら思い出す。
「大丈夫」
そういえば、荷物を渡したのが深夜にも関わらず、全く怒られなかった。
従業員のせいで頭を打って気絶していたから、言うことが出来なかったのかも知れない。
謝罪なのか、駄賃なのか、起きたら酒を飲ませてくれた。
あの酒は美味かった。
その後、女性客が気前良く酒を分けてくれた。
違う女性客も分けてくれた。
周りから勧められるままに酒を飲んでしまった。
………最後の方は遠慮した方が良かったかも知れない。
しかし、どれもおいしかった。
なにせ、ただ、だ。
「ただ最高」
そういえば、お礼は言っただろうか?
「カラト。俺は傷の具合を聞いているのだが?」
「大丈夫」
うん、大丈夫だ。
連絡先みたいなものをもらったはずだから、後日またお礼に行こう。
「カラト兄ちゃん、この傷どないしたん?」
リラが恐る恐るおでこの上にある脹らみに触れてきた。
見た目で場所がわかるほど大きいのか……。
「前もあるのか?後ろもすごいぞ」
熱を持っているのは分かるが、自分では見た目の大きさまで分からない。
怪我の具合を見る為だろう。
リラが俺の前髪を分け、たんこぶに触る。
(痛い)
リラが眉を顰めた。
後頭部を見ていたアドルドの服を引っ張り、深刻そうな声で言う。
「なぁ、アドルド兄ちゃん……」
「なんだ?」
「カラト兄ちゃん、目が腫れて酒臭くて香水臭くて、たくさん口紅がついてんやけど……」
「………何をしたんだ?カラト?」
今日は色々あった、本当に、大変だった。
しかし、二人に男と軍の先輩のことを言うわけにはいかない。
心配してくれている二人には申し訳ないが、俺の首がかかっているのだ。
「ごめん。話せない」
悪い。二人とも。
「おやすみ」
もう限界だ。
「嘘や!?カラト兄ちゃん寝たらあかん!めっちゃ気になるわ!!怪我して美人さんに介護されたとか!?なぁどな思う?アドルド兄ちゃん!?」
「口紅や酒はともかく、怪我は気になるな」
「あぁ!もう!一生謎のままや!!」
「明日聞けばよいだろ」
「無理や!カラト兄ちゃん、酔ったか寝ぼけてるかしてるさかいに、ぜーーったい明日覚えてへん!!一銅貨賭けてもええで!」
「………リラが賭けるなんて…相当な高確率だな」