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無騒の半音  作者: あっこひゃん
主旋律
11/89

第11騒 公休日の、逃げていた時。

(おかしい)


 ナディとフィラットを皮切りに。

 今日はやたらと声を掛けられる。


「おっ丁度良い所に。カラト、ポーカー入らないか?」

「カラト!悪いけど、掃除当番代わってくれねー?」

 誘いを断った先から、誘いの声が上がる。

(何かおかしい)

 社交的には程遠く、目立つ特技も無い。

 何もかも、人並み以下。

 人に埋もれて放り出された俺が、一体何をした?

 ――こんなことは始めてだ。

 こんな風に、人から誘われることなんて、今まで無かった。

「カラト」

 呼ばれ、振り向く。

 裏も表も無い笑顔を向けられていた。

 なぜだろう。

 『不信』の二文字が。

 脳に張り付いて離れない。

「今から――」

「またこんど」

 速やかにその場を離れた。


 異常、事態だ。


 気味が悪くなった俺は、寮から逃げるように外へ出た。

 さすがに外にまで誘いは来ないだろう。

(………やりすぎか?)

 自意識過剰かも知れない。

 しかし、本当に、気味が悪かったのだ。

 一度感じた違和感は肌に付き纏い、なかなか離れない。

 人との接触を避けたいと願う。

 足は、人がいない方、いない方へと向かった。

(ここまでくれば)

 普段使用している屋外訓練場まで辿りつく。

 新入隊員専用の訓練場だ。

 軍内の敷地の中で一番低く、一番辺鄙な場所。

(さすが公休日。人がいない)

 丘の向こうにある、馬術訓練場では何かをしているようだ。

 だがここからでは、砂煙が上がっているだけしか分からない。

 隣の長い階段の先にある食堂(新入隊員は使用不可)と武道訓練場は静かだ。

 背後は寮になる。

 さて、この訓練場が一番辺鄙な理由。

 それは、真横にある。

 深い森、だ。

 林では無い。森だ。

 新入隊員の訓練に必要な分だけ森を拓いたのだろう。

 真横に、暗い森が両手を広げて広がっているのだ。

 この森のせいで、いつも訓練場全体が涼しくて暗い上に、夜は絶対近づくなというお達しが出ている。

「ふぅ」

 森が暗くとも陰気でも、今は昼だ。

 いつもと変わらに時間に、しかし人がいないことに安心する。

 そこで俺はようやく――

「おーい!カラトー!」


 ――逃げた。


 目の前にあった森へ。

 兎のように跳びこみ逃げた。

 突き出た枝、視界を遮る蔦、滑りそうな苔、腰まで生えた草。動物の巣。

 以前の俺なら走れなかった。

 突き刺さったり転んだり捻ったり噛まれていた。

 しかし。

 毎日ぶっ倒れ続けて訓練した成果が出ている。

 意識より先に体が障害物を避ける。


 避けて、避けて、避けまくる。


 食べたばかりの胃が悲鳴を訴えた。

 手の平で横腹を押さえ込み、なお走る。

(さすがに、こんな所まで俺を呼び止める奴はいないだろう)

 入ったのは始めてだが、思った以上に深い森だ。

 我が物顔で立ちはだかる木々や、生え群がる草に、人が通った形跡はない。

 随分と奥まで来てしまった。

 そんな判断が出来るまでには、気分は落ち着いていた。

 足を止めて、息を整える。

(しまったな……)

 今更ながら、自分が軽い恐慌状態であったことを理解する。

「最後のあの声、アドルドだったよな」

 反射的におもいっきり逃げてしまった。

 声を掛けられて逃げるなんて、気分を悪くさせたかも知れない。

(………帰ったら謝っておこう)

 軽く自己嫌悪に浸り、顔を伏せて肩を落とす。

 目を下ろし先。

 草と枝の間。地面との隙間から、光が瞬いて見えた。

(………)

 しばらくは、戻りたくない。

(……人の気配がしないのは久しぶりだ……)

 常にだれか居る生活は安心で楽しい。

 けれど、少しだけ、疲れていたのかも知れない。

 俺は、光の見えた方向へ向かった。


 道を塞ぐように垂れていた葉を、枝ごと掻き分けること数回。

 開けた場所に出て、光の正体を知った。

 光っていたのは葉っぱでは無かった。

 泉が、太陽の光を反射していたのだ。

 周囲十メートルもない、小さくて浅そうな。

 とても透き通った綺麗な水場。

 底を見るに、変な生き物は見当たらない。

 子供が遊ぶには最適な場所だが、誰もいない。

(一応、軍施設内だからな。ここ)

 案内も道もあるはずが無い。

 街の人が来るには勇気のいる場所だ。

 軍内では、水周り施設は整いすぎるほど整っている。

 わざわざこんな所にまで来る必要は無い。

 人が寄り付かない泉は、驚くほど綺麗だった。

 喧騒から離れた場所。人の気配はしない。

 耳を澄ましても、鳥の鳴き声や虫の気配、葉の囀る音しか聞こえない。

 動物の心配はあるが、ここにくるまでに、危険な動物の足跡は無かった――と、思う。

(ちょっとだけ休もう)

 肌に流れる清涼な風、耳朶に触れる草の音色が、優しく俺を眠りに落とした。



みんながいたのは、給料日前だからです。

カラトを誘うのは、良いカモだと思われているからです。

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