憂いのネクロマンサー
「うっ……ぐすっ……ひっく……」
「いつまで泣いてんだよクローネ。いいかげん元気出せって。な?」
魔王城から少し離れた真っ暗な森の中。
四人の若者がたき火を囲んで倒木の上に座っている。
嗚咽をもらしているのはネクロマンサーのクローネ。黒髪を左右で三つ編みにし、周囲の闇より黒い漆黒のローブを身にまとっている。
その隣でクローネをなぐさめているのが勇者のマカル。逆立った赤髪で着ている白銀の鎧は所々砕けている。
二人の左側には焼け焦げた服を着たアーチャーのジセイ。茶色のくせっ毛だが、一部が黒く変色している。
そして右側には所々切り裂かれた純白のローブを着たヒーラーのシキ。青い長髪だったが、肩から下の部分を鋭利なものに斬られたかのようにバッサリと失っている。
クローネ以外の三人は男で、四人とも同じ村で育った幼馴染だった。
「ほら、泣き止まないとまたジセイに泣き虫クローネって言われちまうぜ」
「それ言ってたのマカルっしょ。いっつもそうやって自分の悪行をオイラに押し付けるんだからたまんないよ」
「そうだったか? はっは、悪い悪い」
「……」
見慣れたやりとりを、無口なシキが静かに見守る。
これが、この四人のいつものリズムだった。
「でもっ……私にもっと力があれば……みんなをっ……うっ……ううーっ……」
「だーかーらー、もういいっての! 魔王の野郎に負けたのは、俺たちが弱かったせいなんだからお前が責任感じるこたぁねえのよ。な?」
「そうそう。クローネのおかげでオイラたちは今もここにいられるんだからさ」
「……感謝しているぞ」
「うう……でもぉ……」
「ったく、しょうがねえなあ。ほーれ、よしよし」
マカルがクローネを胸に抱き入れ、少しあらっぽく頭をなでる。
「うう、やめてよぉ……恥ずかしいよぉ……」
「お前が泣き止むまで、なでるのをやめない」
申し訳程度に抵抗していたクローネだったが、次第に体の力が抜けていく。
嗚咽はやがて、穏やかな寝息へと変わった。
「……やれやれ、やっと落ち着いてくれたぜ。俺たちのお姫様はよ」
「すー……すー……」
「疲れてたんだね……無理もないや。一人で頑張ってくれたんだもんね」
「よっ……と」
クローネを起こさぬよう、マカルが慎重に抱えた体を地面に横たえる。
「……」
まぶたの腫れたクローネの顔を、三人が神妙な面持ちで見つめる。
そんな中、シキが拳を握りしめ、しぼり出すようにつぶやく。
「……クローネは自分を責めていたが、俺の回復がもっと早ければこんなことには……すまん」
「誰が悪いってこたぁねえ。修行が足りなかったんだよ。俺も、お前達も。だからもう、そういう事は言うな」
「そうそ、責任の奪い合いはやめましょ。魔王が予想以上に強すぎたんだよ」
「だが、深手は負わせた。聖剣でつけたあの傷はすぐに治せるような代物じゃねえ。……次は、勝てる」
「……次、かぁ」
自分たちの置かれた状況を思い、三人が黙り込む。
「オイラたち、これからどうなるんだろう?」
「そりゃ、なるようにしかならねえさ。だったら、なるようになる前になすべきことをなすだけだろ」
「……もう少し簡潔に言え」
シキに言われ、マカルが立ち上がり拳を握る。
「今後どうなろうと、とにかく魔王だけは倒す!」
「だね」
ジセイがたき火に枯れ枝を放り込む。
たき火にあてられたその手は血色が悪く、青白さが際立っていた。
「さぁて、俺たちも寝るか。シキ、結界張れるか?」
「……ああ」
「結界かぁ……大丈夫かな?」
「……」
「ちょっと、なんか言ってよ」
「ま、なるようにしかならねえさ。さあやってくれ、シキ」
無言でシキが立ち上がり、杖を構えるとボソボソと呪文の詠唱を始める。
やがて杖の先に小さな白い光が現れ、ゆっくりと空に昇っていくと、四人の頭上で弾けて周囲に光のドームを造り出した。
結界の中でジセイが恐る恐る周囲を見回す。
「……大丈夫、そう……かな?」
「ああ。だが、触れない方がいいかもな」
「……っ」
その時、シキが苦し気な表情で地面に片膝をつく。
「おい、大丈夫か?」
「……光魔法は、負担が大きいようだ」
「やっぱりかぁ。でも、おかげで明日まではこのまま過ごせそうだね」
「ああ。……次は絶対勝とうぜ。クローネの為にもな」
「うん」
「……ああ」
三人が横になり、そのまま動かなくなる。
しばらくするとたき火は消え、森の中には結界のぼんやりとした白い光だけが残された。
♢ ♢ ♢ ♢
空が白み始めた頃、クローネが目を覚ます。
身を起こし、仲間たちの姿を確認する。
「……おはよう、マカル」
ゆっくりと立ち上がり、朝の挨拶をする。
「おはよう、ジセイ」
青白い顔で、反応しない仲間たちに呼びかける。
「おはよう……シキ……」
枯れたと思っていたはずの涙が、ふたたびクローネの頬を伝う。
「うっ……ぐ……ダメ、泣いてる場合じゃない……」
指で涙をすくい取ると、昨晩シキがしたように杖を構え、詠唱を始める。
「ヨセン・ゾホ・ヲイタ・クニル・セシ」
杖の先から発生した冷気がゆっくりと三人を包み込み、静かにその体を凍てつかせる。
「……ふぅ」
クローネが倒木に腰掛けると、自分の手をじっと見つめる。
「ごめんね……みんな。私の力がもっと強ければ……こんな不完全な結果にはならなかったのに」
クローネが使ったのは、遺体の状態を維持させる魔法だった。
魔王との戦いで命を落とした幼馴染たちは、クローネの反魂の術で肉体から離れた魂を呼び戻され、かろうじて魔王城を脱出してきた。
ネクロマンサーは魔物の死体を蘇生し、その体を操って戦う。
一体なら昼夜問わず魂を固定することができるが、同時に三体となるとクローネの魔力では維持できず、一度肉体から離れてしまうのだった。
「……ふぐぅっ……ううっ……」
冷たくなった仲間たちを見ると悲しさと不安で心が押しつぶされそうになる。
しかし、まだやるべき仕事が残っていると自分を奮い立たせ、その場で一人夜の訪れを待つのだった。
♢ ♢ ♢ ♢
「おらっ!!」
マカルの聖剣がうなりをあげ、夜の帳を力強く切り裂く。
「ほっほー、絶好調じゃねえか。これならまだ戦えるぜ。さすがクローネだな」
「……」
「どした?」
反魂の術によって、仲間の蘇生を終えたクローネが俯いている。
「クローネ。死んじゃったものはもうしょうがないんだから、気持ち切り替えていこうよ」
ジセイの励ましの言葉に、クローネが小さく微笑む。
「……ううん、違うの。昔の事を思い出しちゃって」
「昔の?」
「子供の頃、私がデスの魂を呼び戻した時……」
「あー、あったなぁ」
クローネは幼少の頃よりネクロマンサーとしての資質が目覚めていた。
村の中で可愛がられていたデスという名前の犬が死んでしまった時、反魂の術を使ってみせたのだ。
「村の人たちが気味悪がって私と距離を置いた時、みんなだけはずっと側にいてくれたよね」
「俺たちは怖いってより、すげーなって思ったしな」
「うん。その後、急死した人を蘇生して家族と最後のお別れをさせてあげたりしてるうちに、みんなクローネの力を認めるようになったんだよね」
「……俺の母親の時は世話になったな。おかげでヘソクリの場所がわかった」
「おばちゃん、すげえため込んでたんだよな。……その金をおじちゃんが旅立ちの時に渡してくれて、えらい助かったもんだ」
「オイラたち、色んな人に助けられてここまできたんだ。……勝とうね、今日こそは」
「ったりめえだ。おーし、行くぞおまえら」
「……待て、確認しておくことがある」
「なんだ?」
シキが立ち上がり、マカルに杖を向け、小さな回復魔法の光を飛ばす。
その光がマカルの左腕に当たると、苦悶の表情を浮かべマカルが腕を押さえうずくまる。
「い、いってえええ!! おいシキ、なにしやがったてめー!!」
「……回復魔法だ。どうやらもう、傷の治癒はできんな」
「やっぱりオイラたちの体、アンデッドなんだね」
ジセイが自分の腕に残った傷を見る。
魔王との戦いで受けた傷は、反魂の術を受けた際にある程度ふさがったもののそのまま残っている部分も多かった。
「おーいてて。ったく、俺で試すなっつうの。でもまあ、上等じゃねえか。アンデッドってことは簡単には死なないってことだろ? かえって思い切り戦えるってもんだ」
「短期決戦、だね」
「おう。今日こそは絶対に魔王の野郎に勝つ。いいな? クローネ」
「うん。頑張る」
「よし、いい眼だ。たとえ腕が千切れようとも、やつの喉元に指を食い込ませてやる。だな? ジセイ」
「おうよ」
「たとえ足がもげようとも、やつの顔面に蹴りをぶち込んでやる。だな? シキ」
「……ああ」
「たとえ首が飛んでも腸が飛び出ても心臓が破裂しても……」
「もういいって」
「……終わらせるぜ。今夜で」
四人、魔王の居城がある方向を睨む。
いつでもこい、と招くように黒い木々が手招きをしているように見えた。
「よっしゃ……行くぞ!!」
「「「おう!」」」
気合を入れ、志を一つにした幼馴染たちが力強く歩き出す。
四人の瞳には、もう迷いの色はなかった。
「あいだぁ!!」
シキの張った結界に触れたマカルが、おでこをおさえてしゃがみ込む。
「……やっぱダメみたいだこれ。シキ、解いてくれ……」
「……ああ」
こうして四人は、改めて最後の戦いへと向かうのだった。
♢ ♢ ♢ ♢
それは、まさに死闘だった。
昨日の傷が癒えぬままとはいえ、魔王は未だ強大な力を残し、多彩な攻撃を四人に仕掛けた。
しかし全てを失い、さらに失う覚悟を決めた四人は必死に食らいつき、ついに魔王を撃破したのだった。
魔王は断末魔と共に骨まで燃え尽き完全に消滅。
決戦の場となった魔王城の玉座の間には、四人が床に倒れている。
まともに四肢が残っているはクローネだけで、あちらこちらに誰のものかわからない腕や足が転がっていた。
「は、はは。やった……な」
血に染まった歯を見せ笑うマカルの左腕はなく、腹部には魔王の攻撃によって大きな穴が開いていた。
「まさか本当に……腸が飛び出るとは、思わなかったぜ……」
「変なこと言うからだよ……コホッ」
そう言うジセイは、右腕と左足を失っている。
「ジセイ……お前すごかったな……。足で矢をぶっ放してたろ」
「人間なせばなるもん……だねぇ……」
「シキ……生きてるか?」
「……あぁ、なんとかな」
シキはクローネをかばった際に上半身と下半身が分かれてしまった。
「クローネ……大丈夫かー?」
「ひっく……ぐすっ……」
「まーた泣いてるよ、この子は……」
「だって……だって私だけ、なにもできずに……シキが……シキがぁ……」
クローネは三人に秘術を使っていたため、魔物の死体までは手が回らなかった。
出来る事は自身が倒されないよう攻撃を避けることだけだったが、それに失敗してシキが深手を負ったことにより自分を責めていた。
「バカ言うな……お前のおかげでリベンジできたんだぜ? な、シキよ」
「……ああ。クローネ……お前を守れて、俺は満足している……ぞ」
「うっ……シキ……」
「クローネには……まだ、ひと頑張りしてもらわないと……いけないんだからさ。泣くのはまだ早い……よ」
「……え?」
「そうそう。俺たちが魔王を倒した事……世界中に知らせてやらねえとな? ゴフッ……ゴハッ」
「オイラたち、英雄として……後世まで語り継がれるよ、きっと」
「いの一番に……俺たちの故郷の連中に教えて、やろうぜ」
「みんな……喜ぶ……だろうなぁ」
「銅像くらい……作ってもらわにゃあな。なんてったって、世界に平和をもたらしたんだからよ」
「……だな」
「その銅像……お腹に穴開いてたりして……」
「ハハッ……ゴフッ。……出発前に、型とっておきゃよかったっ……な。この姿を……モデルにされたんじゃ、たまったもんじゃ、ねえ……」
外はもう夜明けが近い。
空の明るみが増すと同時に、ゆっくりと、マカルたちの瞳から光が消えていく。
「シキ……送って、やれる……か?」
「……まか、せろ」
シキがゆっくりと腕を動かし、杖をクローネに向ける。
「そんな……やだ、やだよ。 私、最期までみんなと一緒に……」
「……お前が行かなきゃ……誰かに手柄を横取りされちまう、ぜ……。な? ……もう、お前にしか頼めないんだ」
「思いっきり……自慢、してきてよね」
「やだ……やだよぉ! 私、みんなと一緒じゃなきゃ、やだよ!」
「……シキ」
「待って……待ってぇ!」
「……デント・マイキス」
シキが呪文を唱えると、クローネの体を白い光が包みこむ。
「待って……私、私っ……!」
「頼んだぜ、クローネ。……あばよ」
「オイラたち……先、行ってるね」
「……じゃあな」
仲間たちの笑顔に見守られながら、クローネは光と共に消えて行った。
♢ ♢ ♢ ♢
「待ってぇーーっ!! あっ……」
気づくとクローネは、小さな村の前にいた。
平野の外れにあるここはボンドの村。四人が生まれ育った場所である。
「うっ……うう……」
涙で頬を濡らしながら杖をつき、よろりと立ち上がる。
遠い地平は暁に染まり、新しい一日が始まろうとしていた。
「ふわぁーあ……」
村の入り口付近の家の前に、体格の良いエプロン姿の中年女性がいた。
大きなアクビをしながら、伸びをしている。
「……シーラおばちゃん」
クローネが呼び掛けると、シーラが振り向く。そして目をこすり、もう一度その姿を確認する。
「……クローネちゃん? あんた、クローネちゃんかい!?」
「……うん。ただいま」
「あらあらあらあら! まあまあまあまあ!!」
荒い足音をたてながら駆け寄り、クローネの両肩にその大きな手を置く。
「久しぶりじゃないか! よく帰ってきたねえ……! 三バカはどうしたんだい? 一緒じゃないのかい?」
「うん。ねえ、おばちゃん。私たち、魔王を倒したんだよ」
「な、ななな、なーんだって!? ついにやったのかい!! あっはっは、大したもんだよあんたたち!!」
「むぎゅ」
シーラが力いっぱいクローネを抱きしめると、その豊満な体にクローネがめり込む。
「苦しいよぉ……」
「はっは、ごめんごめん。こうしちゃいられないよ、まだ寝てるけどかまうもんかね。みんなに知らせてやらないと!」
「……ちょっと待って。あのね、シーラおばちゃん。マカルとジセイとシキ……まだ魔王城の中にいるの」
「なんだって? 一緒に帰ってこなかったのかい?」
「だから……早く、迎えに行ってあげて欲しいの……。ちょっと、遠いけど……お願いね」
「うんうん、わかったよ。あたしたちにまかせときな! とにかく今はあんたたちの偉業を伝えてやらなきゃ! ちょっとー! ちょっとみんな起きなさいな!!」
大声で叫びながらシーラが村の奥へ行くと、何事かと次々にドアの開く音が聞こえてくる。
仕事を奪われたニワトリたちが、後れを取り戻そうと必死に鳴き始める。
「……あはは。はぁ」
糸が切れたように、クローネがその場に崩れ落ちる。
「私も……ここまで。みんな……言えたよ。みんなが頑張ったこと……伝えられたよ……」
急速にクローネの肌から生気が失われていく。
それは、自身にかけられていた反魂の術が切れたことを意味していた。
「はぁ……眠い。……あれ……みんな……来てくれた……の? 今……私も…………行くから…………。これからも…………ずっと………………一緒……に…………」
♢ ♢ ♢ ♢
シーラに起こされた村人が入口に集まると、そこには安らかな表情のまま息を引き取ったクローネの亡骸があった。
泣き叫ぶ村人たちの後ろで、一人の子供が空を見上げ、つぶやく。
「おかあさん……よっつのおほしさまが、おそらにのぼっていくよ」
その小さな言葉は人々の慟哭にかき消され、誰の耳にも届くことはなかった。
おわり
お読みいただきありがとうございました。




