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虹色の君と透明な僕

掲載日:2026/06/27

「――も君を――から」


――目を覚まし、ゆっくりと身体を起こす。

 最初に目に入ったのは、一人の女の子だった。高校生くらいだろうか。整った顔立ちをしている。


(喉が渇いた……)


 立ち上がると、今度は壁一面に貼られた大量の付箋が目に入った。


(なんだこれ……)


「あ!」

「おはよう!」

「起きたんだね」


 彼女は嬉しそうに話しかけてくる。


(誰だ……?)


「えっと、君は?」


 そう尋ねると、彼女は少し寂しそうな表情を浮かべた、しばらく沈黙が流れる、しかし彼女は質問には答えず、話を続けた。


「そんなことより、早く朝ご飯を食べよう?」

「今日は君の好きな目玉焼きと焼き鮭フレークだよ」


(美味しそうな料理だ)

(でも、僕の好きな料理だったっけ?)


 朝ご飯を一緒に食べる、会話はない、それもそうだ。僕は彼女のことを知らないのだから。


(母親……なわけないよな)

(若すぎる)

(僕と同じくらいの年齢だし)


 食べ終わり、食器を片付ける、そして、ふと考えた。


(この後の予定は何だ……?)

(そもそも今日は休日なのか……?)


 壁に掛けられたカレンダーを見る、今日は平日だった、だが、それと同時に違和感を覚える。


(何だ……?)

(なんでこんな知らないことだらけなんだ……)


 朝の支度をする、制服らしきものを着ているところを見ると、どうやら学生らしい、学校へ行く準備を済ませたところで、また一つ疑問が浮かんだ。


(僕はどこの学校に通っているんだ?)


 場所すら思い出せない、すると彼女が話しかけてきた。


「どうしたの?」


「ああ、いや」

「これから学校に行くんだよね?」

「そのことも全く覚えてないんだ」


 彼女は少し呆れたように言った。


「壁の付箋、見なかったの?」


 そう言われて思い出す、びっしりと文字が書かれた、あの大量の付箋だ。


「あれは何なの?」


「それ、君が書いたんだよ」


 そう言われても、まったく覚えがない。


「とりあえず、案内してくれないかな」


 彼女は優しく笑った。


「元からそのつもりだよ」


――学校では、知らないことだらけだった。


 授業の内容、クラスメイトの顔、そして、自分がどんな人間だったのか、何一つ覚えていない。誰にも話しかけられないところを見ると、友達はいないのだろう。


 一人を除いて。


彼女――(そめ)彩香(あやか)だけは、紙谷(かみや)(とおる)である僕に話しかけてくれる。


 けれど会話を返すことはできない、知らないことばかりだからだ、相槌と苦笑いを返すのが精一杯だった。


 彩香は同じクラスらしい、彼女を見ていると、他の男子からも頻繁に話しかけられている。


 当然だろう、僕みたいな得体の知れない人間にも優しい、それに顔も整っている、彼氏がいると言われても驚く人はいないはずだ。


 やがて放課後になり、帰り道を並んで歩きながら、僕は疑問を口にした。


「なんで彩香は僕にここまでしてくれるの?」


 彩香は少し考えてから答えた。


「君が染めてくれたから……かな」

「私も君を染めたいの」


 意味が分からない、何を言っているのか理解できなかった、だから僕は、一番の疑問をぶつける。


「僕は記憶障害かなにかなのか?」

「不自然なところが多すぎる」


 彩香の反応を見る限り、正解だったようだ。


「この話をするの、何回目だっけな」

「もう覚えてないや」


 そう笑いながら彼女は言う。


「君の記憶のことは、私のせいでもあるから」


 そうして帰り道、彩香は過去について語り始めた。


――僕たちは幼馴染だったらしい。


 家も近く、よく一緒に遊んでいたという、そして話は、僕の家族のことになった、五年前の事故、僕たちの家族と彩香で、遠くの遊園地へ向かっていた。


 その途中、山道でタイヤがパンクした、車を崖側に停め、車内でレッカーを呼んでいた時だった、一台の車が突っ込んできた、その衝撃で車は崖下へ転落した、フロントから地面へ叩きつけられ、父と母は即死、僕は彩香を庇うようにして頭部に重傷を負ったという。


「あの時、君が助けてくれたから今の私がある」

「ずっと感謝してるんだ」

「君の記憶障害は、眠る時にピークが来るみたい」

「あの付箋は、前の君が覚えておきたいことを書いた日記なんだよ」


 話しているうちに家へ着いた、僕が彩香を助けた、そんな記憶は欠片もない、いや、そもそも僕の記憶には何もない、空っぽで、透明だ、いくら君が僕を染めようとしても、それは空を切るだけだ。


 僕に色はつかない、やがて空が暗くなる。


 夜だ、眠りにつく、明日にはまた、透明な僕がいるのだろう、そんな僕に、彩香は眠る前こう言った。


「大丈夫」

「明日も君を染めてみせるから」

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― 新着の感想 ―
コメント失礼します。 切ない物語ですね……。 朝起きたら、記憶がなくなってしまうなんて。 大量の付箋は、覚えておきたいことを書いたもの。だから、その付箋がたくさん貼ってあった……。 覚えておきたい…
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