異世界4日目と、増える階段。
異世界四日目の朝。
目が覚めた瞬間、最初に思ったのは――
「……普通に生きてるな、俺」
天井は宿屋の木造。
隣ではピグが丸くなって寝ていた。
「……おはよ」
「……おは……よ!」
即座に返ってきた。
成長早くない?
⸻
身支度を整え、ギルドへ向かう。
朝の街は賑やかで、パンの匂いが漂っていた。
そして――
「おい見ろ、オーク連れてるやつだ」
まだ言われる。
まあ慣れてきたけど。
ピグは気にしていない様子で「ぶ!」と胸を張っていた。強い。
⸻
受付カウンターに耳袋を置く。
「ゴブリン討伐の証拠です」
ドサッ。
受付嬢が中を確認し、目を丸くした。
「……数、多くありません?」
「え、そうなんです?」
「新人の成果ではありませんね……」
奥で何か相談が始まる。
嫌な予感しかしない。
少し待たされたあと、戻ってきた彼女が言った。
「確認が取れました。ランクGから――Fへ昇格です」
「え、もう?」
「通常より早いですが、実績として十分です」
周囲がざわついた。
視線が集まる。
いや俺何もしてないんだけど。
(全部鏡なんだよなぁ……)
⸻
「ところで」
受付嬢が続ける。
「次の予定はございますか?」
「あー、次の街に行こうかなって」
「でしたら――」
彼女は地図を広げた。
指差したのは、東側の街だった。
「ここから東にある交易町、ミラージュムがおすすめです」
「ミラージュム?」
「水路とガラス細工で有名な街です。建物の壁や通りに鏡面加工が多くて、“幻の街”なんて呼ばれることもありますね」
「幻?」
「光の反射で景色が揺れて見えるんです。少し不思議ですが、治安は良いですよ。冒険者も多いですし」
ガラスと反射の街、か。
なんとなく――
頭の中の鏡が静かに反応した気がした。
『……興味深いですね』
ぼそっと少年の声が聞こえる。
珍しい。
いつもより少しだけ感情がある気がした。
「じゃあ、そこ目指します」
案外あっさりと次の目的地が決まった。
⸻
街を出て森へ。
「では移動を開始する」
二宮金次郎が言う。
「お願いします、金次郎タクシー」
「その呼称は不本意である」
そう言いながらも背の籠を軽く叩く。
その手にはピグが乗るソリの紐が握られている。
ソリへとピグが嬉しそうに乗り込んだ。
完全に定位置になっている。
俺もカゴへと乗り込む。
「金次郎タクシー、よろしく。」
『貴方という人はスキルをまたタクシー代わりにして』
なにか神様の小言が聞こえた気がするが、気にしないでおこう。
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森を進んでいる途中。
「あ」
見覚えのあるものが視界に入った。
ぽつん、と建つ木造の小屋。
「……トイレ?」
近づいた瞬間、空気が少し変わる。
扉が、きぃ、と音を立てた。
『呼びました?』
「花子さん」
『登録します?』
「お願いします」
これでワープ地点追加、と。
便利すぎる。
『本来そういう用途では――』
「はいはい」
神様の声を軽く流す。
⸻
さらに森の奥へ。
魔物が現れるが――
「では、吸引開始」
鏡の中の少年が淡々と言った。
光が反射し、魔物が次々と鏡へ吸い込まれていく。
戦闘、終了。
「……俺、必要?」
『精神的支柱ではあります』
微妙なフォローやめて。
⸻
日が沈み始めた。
「今日はこの辺りで野営か?」
俺が言うと、沈黙が落ちる。
「……夜ってどうすんの?」
魔物出るよね?
普通に危なくない?
その時だった。
金次郎が本を閉じる仕草をした。
「学校の七不思議と言えば――増える階段、というものがありましたな」
「階段?」
「異界へ繋がる、と語られる怪異です」
その瞬間。
足元の空間が歪んだ。
木々の間に――
石の階段が現れる。
「は?」
『階段先の空間だけは別次元です』
神様がさらっと言う。
「いや説明軽くない!?」
⸻
恐る恐る階段を上る。
上には――一枚の扉。
ノブを回す。
開いた瞬間。
「……保健室?」
白いカーテン。
ベッド。
黒板。
木の机と椅子。
完全に学校の保健室だった。
「休息空間としては合理的ですな」
金次郎が満足げに頷く。
ピグは即ベッドへダイブした。
早い。
⸻
そして。
部屋の奥。
窓際に――誰か立っていた。
骨格だけの、人影。
ゆっくりとこちらを向く。
人体模型だった。
静かに、こちらを見ている。
「……えっと」
仲間、でいいのか?
返事はない。
ただそこに、当然のように存在していた。
『七不思議は既に主を認識しています』
神様が言う。
つまり。
仲間、らしい。
⸻
「……まあ、今日はもう休もう」
ベッドに腰を下ろす。
外の危険が嘘みたいに静かだった。
こうして俺たちは――
森の中、魔物の住処で、安全な夜を手に入れた。




