ゴブリン討伐?――鏡が全部やりました
朝。
宿のベッドは、想像以上にふかふかだった。
「……文明って偉大だな」
異世界三日目にして、すでに順応している気がする。
視線を横に向けると、床に敷いた毛布の上でオークが丸くなって眠っていた。
大型犬くらいの体がゆっくり上下している。
「おはよ」
声をかけると、耳がぴくりと動いた。
「ぶ!」
勢いよく起き上がる。
完全に朝型らしい。
「朝は、'おはよう'て言うんだ。」
「…お、はよ。…おは…よ!」
言葉を教えればすぐに覚える。
このオークはきっと賢いな、と思いながらオークの頭を撫でてやる。
「今日は依頼受けに行くぞ」
「ぶひ!」
元気な返事。
……ほんとにオークなんだよな、これ。
⸻
冒険者ギルドに入ると、案の定視線が集まった。
「あいつまたオーク連れてるぞ」
「食料じゃね?」
「懐いてるぞ……?」
聞こえてるけど気にしない。
オークは少しだけ俺の後ろに隠れる。
「大丈夫だって」
頭を撫でると安心したように前へ出た。
受付へ向かう。
「本日も依頼ですか?」
「はい。初心者向けで」
差し出された依頼書。
――ゴブリン討伐(北の森)
「これでお願いします」
「討伐証明として右耳の回収をお願いしますね」
「耳、了解です」
⸻
花子タクシーで行ける森とはまた別の場所。
街からは徒歩で行ける距離のため歩いて移動す。
程なくしてもりがみえてきた。
森へ入る。
木漏れ日が揺れて気持ちいい。
だが――
茂みが揺れた。
「ギギッ!」
ゴブリン三体。
棍棒を構えて突っ込んでくる。
「お、依頼対象……」
そこで気づく。
「……あれ?」
武器、ない。
戦い方も知らない。
剣?もちろん持ってない。
その瞬間、頭の中に声が響いた。
『……どうやって倒すおつもりで?』
「……気合い?」
『無計画にもほどがあります』
冷静なツッコミだった。
「いや、なんとかなるかなって」
『教師とは思えない発言ですね』
ぐうの音も出ない。
その時、昨日見たステータスを思い出した。
「そういえば七不思議……」
意識を集中する。
視界にステータスが浮かぶ。
【鏡の中の少年】
一覧の中で、一つだけ淡く光っていた。
「……これか?」
ステータス画面を開く。
七不思議一覧。
その中で――ひとつだけ、淡く光っている項目があった。
「……なんだこれ」
指で触れる。
次の瞬間。
空気が、ぱりん、と小さく割れた。
目の前の空間に、鏡が現れる。
地面に立てかけられたそれは、森の光を反射して静かに揺れていた。
「……うわ」
鏡の中。
そこに、少年がいた。
こちらをじっと見ている。
そして。
「こんにちは、先生」
声は――頭の中ではない。
目の前から聞こえた。
俺は固まる。
『……ようやく気づきましたか』
神さまの声が、頭の奥に響く。
「いや待って、どっちが喋ってる!?」
鏡の少年が小さくため息をついた。
「僕です。神様ではありません」
『私は関与しておりません』
「同時に喋るな!!」
突っ込んでる間にもゴブリンが容赦なく襲ってくる。
「ギギギッ!」
やばい、そう思った瞬間だった。
キラリと太陽光が反射し鏡が光る。
スポン。
本当にその擬音が似合うぐらいすっぽりと、
ゴブリンが鏡の中へ吸い込まれた。
「え…吸い込んだ…?」
俺の疑問なんて答えぬままに、2体目、3体目と、
すぽん。すぽん。鏡の中へ吸い込まれる。
森が静かになる。
「……勝った?」
『はい、ゴブリンっておいしくないですね。』
この世でいちばん要らない食レポ。
そして俺は気づいた。
「……待て」
鏡を見る。
「耳どうすんだよ!?」
沈黙。
数秒後。
ポトン。
足元に何かが落ちた。
見る。
ゴブリンの耳(三つ)。
「出せるんかい!」
『依頼達成に必要と判断しました』
「優秀すぎる!」
オークが「ぶ!」と跳ねた。
⸻
その時。
ぽつ。
雨粒。
「ん?」
空を見る間もなく本降りになった。
大木の下へ避難する。
だが。
茂みが揺れる。
ゴブリン五体。
囲まれた。
「増えた!?」
鏡を構える。
反応しない。
鏡が静かに言う。
『光量不足です』
「え?」
『太陽光が必要です』
「今それ言う!?」
逃げ場なし。
オークが前に出る。
「ぶ……!」
守る気満々。
いや無理無理。
どうすれば良い、思考を巡らせる。
その瞬間。
背後から静かな声。
『本を読みながら歩く者を、知っていますか』
振り返る。
雨の中。
そこに立っていたのは――銅像だった。
薪を背負い、本を読む少年。
『移動に困っているようですね』
石の瞳がこちらを向く。
『ワタシの背中の籠にお乗りなさい』
ゴブリンたちが後ずさる。
空気が変わった。
「……二宮金次郎?」
銅像は静かに頷いた。
『あまりにも呼ばれないので待ちくたびれましたよ。』
「はぁ!!!????」
静かな森に俺の叫び声だけが響き渡った。




