初めての従魔は、オークでした。
異世界に来て二日目の朝。
俺は森の切り株に腰掛けながら、真面目に悩んでいた。
「……そろそろ街に行くべきだよな」
生きるには金がいる。金を得るには仕事だ。
教師時代もそうだったが、結局は“社会との接点”がないと人は生きづらい。
『ようやく常識的な思考になりましたね』
頭の奥で、あの神様の声が響く。
「最初から常識的だったわ」
『幼女に向かって「トイレの花子さん」と唱える男のどこがですか』
「それはお前が寄越したスキルのせいだろ」
……。
てか。
「お前さ、めっちゃ喋るな?」
『暇ですから』
「神って暇なの?」
『あなた担当ですので』
「担任か」
なんか腹立つ。
だが、まあいい。
森の奥に視線を向ける。
昨日まで感じていた魔物の気配が、今日はほとんどない。
静かだ。静かすぎる。鳥の声もない。
風の音だけがやけに大きい。
「……なんかあったのか?」
『あなたが“何か”なのでは?』
「心外だな」
とはいえ、考えても仕方ない。
今日は街へ行く。
「花子さん、お願いします」
近くの廃屋にあった簡素なトイレに入り深呼吸を1つ。「トイレの花子さん」
唱えたと同時に視界がぐにゃりと歪む。
一瞬の浮遊感。
そして。
石造りの個室に立っていた。
「やっぱ便利だな。このタクシー。」
『今タクシーって言いました?』
「トイレ限定だけど好きな所行けるんだからタクシーみたいなもんだろ。」
『好きな所、と言うか1度行ったことのある場所限定ですけどね。』
行ったことのある場所限定?
でも昨日俺は確かにここのトイレに来たはずだ。勿論初めての場所なのに。
思考を巡らせてると再び声がする。
『昨日この場所に来れたのは初回ボーナスです。』
この神、思考を読んできやがった。
てか初回ボーナスて、ゲームかよ。
考えていても仕方がない。扉を開けると、香辛料の匂いと人のざわめきが流れ込んできた。
街だ。
門の上の看板には堂々と刻まれている。
《七怪都市ナナフシギア》
「……そのまんまだな、七不思議」
『むしろ寄せてきましたね』
「俺に寄せなくていい」
石畳の道を行き交う人々。
剣を背負った男、ローブ姿の女、露店で声を張る商人。
ああ、異世界だ。
正直、不安はある。
教師だった俺が、七不思議スキルで食っていけるのか。
『冒険者登録でもしてみては? 王道ですよ?』
「確かに王道だよな。」
内心ウキウキしながら、俺はギルドと書かれた建物へ向かった。
結果。
「Gランク、です」
受付嬢に渡された木札には、はっきりとGの文字。
一番下。
「まあ、そんなもんだ」
『教師からGランクへ華麗なる転身』
「うるさい」
最初の依頼は薬草採取。
街の近くの森で十分とのこと。
……近くの森。
俺は無言でトイレへ戻った。
『使いますね?』
「便利なものは使う」
再び深呼吸。「トイレの花子さん」
視界が歪む。白光。
そして森。
戻ってきた瞬間、鳥肌が全身を駆け巡る。
「……やっぱり静かだな」
昨日よりも、さらに。
何かがいない。
そんな感覚。
『本当にあなたのせいでは?』
「俺、まだ何もしてないぞ」
いや、花子タクシーは使ったけど。
嫌な考えを振り払う。
とにかく薬草だ。
俺は膝をつき、地面の葉をかき分ける。
依頼書の特徴と照らし合わせ、丁寧に摘み取っていく。
こういう地道な作業は嫌いじゃない。
教師も似たようなものだ。
派手さはないが、積み重ねが結果になる。
袋が膨らんだ頃。
――ガサ。
背後で音がした。
ゆっくり振り返る。
心臓が少しだけ速くなる。
出てきたのは。
「……小さい?」
オーク。だが子供だ。
丸くて、短くて、目がやけに大きい。
そして。
「ぐぅ……」
腹の音。
『可愛いですね』
「さっきまで生態系とか言ってたよな」
俺は袋から先程街中で買っていた生肉を取り出す。
本来は自分用の保存食だ。
『ちゃっかり買い物してますね。』というウザイ絡みは一旦無視してできる限り優しく声をかける。
「食うか?」
差し出すと、オークは恐る恐る近づき、
ぱくりとかじった。
もぐもぐ。
夢中で食べる姿は、完全に子供だ。
食べ終わると。
ぴょん。
ぴょんぴょん。
……俺の足にしがみついた。
「おい」
「ぶ!」
満面の笑み。
その瞬間、頭の中に声が響く。
【従魔条件を満たしました】
「早いな!?」
『ただの餌付けです』
「夢を壊すな」
――従魔契約を結びますか?
オークが不安そうに俺を見上げる。
ああいう目に、俺は弱い。
「……結ぶ」
淡い光が包み込む。
オークの額に紋章が浮かび。
「……せん、せ?」
俺は固まった。
「今、喋ったか?」
『喋りましたね』
オークは嬉しそうに笑う。
「せんせ!」
森の静寂の中、その声だけがやけに明るい。
俺は思わず笑ってしまう。
「俺の初めての従魔が、オークか」
だが悪くない。
腹を空かせた子供を放っておけないのは、前世からの職業病だ。
「よし。街に帰るぞ」
「ぶー!」
『賑やかなスローライフの始まりですね』
「だからお前、めっちゃ喋るな」
『仕様です』
……仕様って何だ。
俺は小さなオークを連れて、再び花子さんを呼んだ。




