トイレから始まる、異世界生活。
目を開けた瞬間、草の匂いがした。
「……うわ、まぶし」
青空だった。
雲がゆっくり流れている。さっきまでの白い空間とは違う、現実感のある空だ。
体を起こす。
痛みはない。
スーツのまま、見知らぬ草原のど真ん中に座っていた。
「……異世界、かあ」
実感はあまりないが、神さまの話を思い出す限りそうらしい。
ぐう、と腹が鳴った。
そして次の瞬間。
「……トイレ行きたい」
切実だった。
周囲を見回す。
草原。木。遠くに森。
以上。
「いや待って。異世界ってトイレ文化ない感じ?」
歩き出す。
五分。
十分。
限界が近い。
「神さまー!これ重要インフラですよー!」
もちろん返事はない。
半ば涙目になりながら森へ入ると、ようやく小さな小屋が見えた。
「文明!!」
駆け込む。
中には簡素な木の便座。
完璧だ。
「助かった……」
心の底から安堵する。
落ち着きを取り戻し、ふう、と息を吐いた。
そのとき、背後で――
こん、こん。
扉が二回、静かに鳴った。
「……ん?」
誰かいるのかと思い振り返るが、気配はない。
気のせい、か。
首をかしげながら呟く。
「しかし学校の七不思議ってなんなんだろうな……」
神さまの言葉を思い出す。
七不思議。
学校。
トイレ。
「……トイレといえば、花子さんだよな」
何気なく呟いた、その瞬間。
視界がぐにゃりと歪んだ。
「え?」
床が消える感覚。
重力が一瞬なくなり――
次の瞬間。
石造りの床に立っていた。
「……は?」
目の前には、さっきと違う扉。
恐る恐る開ける。
外は――石畳の道だった。
人が歩き、露店が並び、見たことのない服装の人々が行き交っている。
完全に、知らない街。
「……え?????」
慌てて後ろを振り返る。
そこには確かにトイレ。
だがさっきの小屋ではない。
そして。
個室の奥、三番目の扉が――わずかに開いていた。
赤いスカートの裾が、一瞬だけ見えた気がした。
「……今、誰か」
近づいた瞬間、扉は静かに閉まる。
沈黙。
「えーと……」
指を一本立てる。
「花子さんって言った」
もう一本立てる。
「場所変わった」
少し考える。
「……つまり」
ゆっくり振り向く。
「送ってくれた?」
答えはない。
だが、どこか満足そうな空気がした。
「……もう一回やってみるか」
個室へ戻る。
扉を閉める。
少しだけ緊張しながら呟く。
「トイレの花子さん」
――歪む視界。
次の瞬間。
森の小屋に戻っていた。
数秒、静止。
そして。
「花子さんタクシーだこれ!!!!」
頭の中で、ため息が響いた。
『……送迎ではありません。』
「神さま!?」
『正確には、“案内”ですね』
声はすぐに消えた。
俺は笑ってしまった。
「まあいいか」
空を見上げる。
知らない世界。
でも不思議と不安はなかった。
「よーし」
軽く伸びをする。
「異世界生活、スタートってことで!」
――その頃。
遠く離れた森の奥。
魔物たちが一斉に顔を上げていた。
空間が、わずかに軋んだのだ。
まるで。
なにかの異物が、世界に差し込まれたように。
「……今のは、なんだ?」
理解できない気配に、獣たちは静かに身を伏せた。
※キャラクターイメージを活動報告に掲載しています。
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