トイレ事件は終わらない。
「……もう一回言え」
職人が震える声で言った。
「ガラス鉱石です」
俺は袋を差し出す。
中には透明な石。
ガラス鉱石。
職人は袋を受け取り、恐る恐る中を見る。
そして――
「……本物だ」
ぽつりと呟いた。
周りの職人たちがざわつく。
「嘘だろ」
「北の洞窟だぞ」
「ワイバーンいたんじゃ」
「いましたよ」
俺は普通に答える。
「十数体くらい」
職人たちが固まった。
「……」
「……」
「……」
「倒しました」
静寂。
次の瞬間。
「どうやってだ!!」
工房に怒鳴り声が響いた。
「まあ色々」
「色々って何だ!」
職人が頭を抱える。
そして、ゆっくりと俺を見る。
「……おい」
「はい」
「お前、昨日」
「はい」
「トイレ入ったよな」
「入りました」
「そこから一晩消えたよな」
「そうですね」
職人が振り返る。
問題のトイレを見る。
そしてゆっくり歩く。
扉を開ける。
中を見る。
普通の個室。
「……普通だ」
「普通ですね」
職人が俺を見る。
「入れ」
「はい?」
「入ってみろ」
実験らしい。
俺は素直にトイレに入る。
個室の中。
後ろから職人たちが覗いている。
「……で?」
「何も起きませんね」
俺はドアを閉める。
そして。
「花子さん」
ぼそっと呼ぶ。
空間が揺れる。
白い手。
壁から伸びる。
「呼んだ?」
甘い声。
「さっきの森へ」
「いいよ」
ドアを開ける。
森。
数秒後。
もう一度ドアを開ける。
工房。
職人たちが見ている。
俺は普通に外へ出た。
「……」
「……」
「……」
職人の口が開いた。
「は?」
「ただいま」
「いや待て」
職人がトイレを見る。
俺を見る。
またトイレを見る。
「今どこ行った」
「森」
「森ぃ!?」
工房がざわつく。
「トイレだぞそこ!!」
「まあ見た目は」
「見た目!?」
職人が壁に手をつく。
「意味が分からん」
そのとき。
「ぶ!」
ピグが前に出た。
串焼きの匂いを思い出したのか、鼻をひくひくさせている。
職人の視線が集まる。
「……オーク?」
「ぶ!」
ピグは胸を張る。
そして言った。
「ぴぐ!」
自己紹介だった。
職人が固まる。
「……喋った」
「まあ少し」
ピグが俺の服を引っ張る。
「せんせ」
「ん?」
指差す。
炉の横。
肉を焼いている職人がいる。
ピグの目が真剣だ。
「ピグ」
一拍。
「これ」
さらに一拍。
「すき」
俺は笑った。
「腹減ったか」
「ぶ!!」
元気よく跳ねる。
職人たちはまだトイレを見ている。
頭が追いついていないらしい。
まあ仕方ない。
普通はそうなる。
だって――
トイレから森に行く奴なんていない。
ましてや、喋るオークもいる訳ない。
職人が恐る恐る手渡した肉を両手で受け取るピグ。
「ピグよ、お礼はなんて言うんだったか?」
金次郎が静かに告げる。
「ぶ…?」
首を傾げるピグ。
「おや…しゅみ…!」
元気よく答えるピグ。
可愛い。可愛すぎる。
「違いますよ、'ありがとう'と言うんです。」
鏡の少年が静かに答える。
「あり…が……と…!」
ピグが顔を上げ、ぱああっとした瞳で職人に向かって伝える。
礼を言われた職人が頭を抱えている。
わかる、可愛いよな。頭抱えちゃうぐらい可愛いよな。
ピグは、両手で肉を握りしめ口いっぱいに頬張っていた。




