魔物の制圧?__お任せ下さい。by鏡
昼食を終え、先程見かけた工房へ向かう。
工房の扉を開けた瞬間、熱気が押し寄せた。
炉の炎が赤くうねり、ガラスを溶かす匂いが鼻をつく。職人たちが慌ただしく動き回り、鉄の道具がぶつかる音が絶え間なく響いていた。
「だから言ってんだろ、今は受けられねぇ!」
怒鳴り声が工房の奥から飛んでくる。
俺は様子を見ながら、控えめに声を出した。
「あのぉ――」
「悪いが新規注文は受け付けてない!」
即答だった。
「いや、まだ何も――」
「材料がねぇんだ!」
振り返った職人の顔は、本気で困りきっている。
「北の洞窟の入り口にワイバーンの群れが住み着いてな。ガラス鉱石を取りに行けねぇんだ」
なるほど。
テンプレっちゃテンプレだが、この街にとっては死活問題らしい。
「そうなんですか」
俺は頷いてから、少し考えるふりをする。
「ちょっとお手洗い借りても?」
「は?」
「すぐ戻ります」
職人がぽかんとした顔をしている間に、俺は奥の廊下へ向かった。
―――
個室の扉を閉める。
静寂。
外の喧騒が、急に遠くなった。
俺は小さく息を吐く。
「トイレの花子さん」
足元の影が、ゆらりと揺れた。
壁の向こうから、白い手がすっと伸びてくる。
「呼んだ?」
甘い、女の子の声。
その瞬間。
「……ねえね!」
小さな声が響いた。
俺は一瞬、呼吸を止める。
花子さんも目を丸くした。
「今、なんて?」
「ぶも……ねえね」
ピグが胸を張る。
誇らしげだ。
花子さんの頬がふっと緩む。
「やだ、可愛い……一緒に来る…?」
「連れて帰るなよ」
「冗談よ」
くすっと笑う。
次の瞬間、空間がゆらりと歪んだ。
森の匂いが流れ込んでくる。
―――
気づけば、俺たちは森の中だった。
静かな木立。
遠くで鳥が鳴いている。
「金次郎、頼む。」
俺がそう言うと、金次郎はカゴからソリを取り出す。
スペースの空いたカゴへ俺と人体模型が並んで乗り込む。しゃがむと狭いので直立不動だ。
ピグが飛び乗ると同時に金次郎が動き、ソリが地面を滑り出す。
音もなく、森の中を進んでいく。
やがて、岩肌が見えてきた。
洞窟だ。
そして――
空を旋回する影。
十数体のワイバーン。
低く唸る羽音が響いている。
ピグがぴたりと俺の足元に寄った。
「ぶ……」
「大丈夫だ」
頭を軽く撫でる。
すると、鏡を抱えた人体模型の腕の中から声がした。
「先生」
鏡少年が、いつもの穏やかな声で言う。
「お任せを」
空気がわずかに歪んだ。
次の瞬間。
ワイバーンの姿が、ゆらりと揺れる。
まるで水面に映った影のように。
空中に、見えない鏡が開いたようだった。
一体。
また一体。
ワイバーンたちは抵抗する間もなく、鏡の中へと吸い込まれていく。
羽ばたきもない。
咆哮もない。
ただ、空が静かになった。
「終わりました」
鏡少年が、さらりと言う。
ピグが俺の服をぎゅっと掴んでいた。
「ぶ……」
「あっという間だったな」
そう言うと、少し安心したのかピグの力が抜ける。
「イジョウ、アリマセン。」
人体模型が淡々と告げた。
洞窟の周囲は、すっかり静まり返っている。
俺は洞窟へ入り、必要なガラス鉱石をいくつか回収する。
これだけあれば、しばらくは困らないだろう。
「増える階段」
地面に、すっと階段が現れる。
見慣れない者が見たら腰を抜かしそうな光景だが、もう慣れた。
俺たちはそのまま階段を上り、異空間へ入る。
―――
柔らかな夕暮れ色の空。
静かな空間。
街の喧騒は、ここには届かない。
簡易のテーブルを出す。
今日の夕食は、ワイバーンの肉を軽く炙ったものと、屋台で買った甘い菓子。
「いただきます」
「…いた…き…す…!」
まだ言えないな。
でもそのうち言うだろう。
ピグは嬉しそうに肉にかぶりつく。
じゅわ、と肉汁が落ちて鼻先がまた少し光った。
静かな風が吹く。
昼にそうめんを食べていたのに、もう空は赤い。
相変わらず忙しい外出だ。
まあ、悪くない。
今日はここで休む。
明日、何食わぬ顔で街へ戻ろう。
___まぁ、トイレに入った奴が存在ごと消えてたら俺なら腰抜かすけど。




