うまい飯は、世界を救う。
ギルドを出ると、昼の光がまぶしかった。
「終わるまで出かけて来い、か」
鑑定が終わるまで時間がある。
大きなカゴを背負った銅像。
その手に握られた紐の先には、ソリ。
そしてソリの上に座るオーク。
その横で鏡を大事そうに抱えて立っている人体模型。
___そして、俺。
あまりにもトンチキすぎて、どこに行くにも視線が集まる。だが、仕方ない。
さて、どうするかと通りを見渡すと、通りの向こうがやけに賑やかだった。
笑い声と、焼ける音。
香ばしい匂いが風に乗ってくる。
「……屋台街か」
「ぶ?」
ピグが鼻をひくひくさせる。
食いしん坊はもう察しているらしい。
「ちょっと見ていくか」
石畳を進むと、通りは自然と色づいていった。
ガラス細工の風鈴が揺れ、透明なランプが昼の光を受けてきらめいている。屋台の天幕にも小さな硝子玉が縫い込まれていて、動くたびに光を散らしていた。
さすがガラスの街だ。
焼き串の煙が上がる屋台。
甘い匂いの菓子。
色とりどりの果実水。
そして――
俺は、ある屋台の前で足を止めた。
氷の塊をくり抜いた透明な器。
その中に、細い白い麺が涼しげに揺れている。
上には刻まれた青菜と、透き通ったつゆ。
陽の光を受けて、きらりと光った。
「……そうめん?」
思わず声が漏れる。
店主がにやりと笑った。
「お兄さん、食べてくかい? 氷器そうめん。うちの名物だ」
「ぶも……?」
ピグがソリから飛び降りると器を覗き込む。映り込んだ自分に一瞬びくっとしてから、もう一度覗く。
鼻先がひんやりしたのか、小さく震えた。
「ぶ!」
「気になるよな」
俺は苦笑して、屋台の前に立った。
――これは、食うしかない。
―――
「二つくれ」
「毎度。氷器そうめん二つね」
目の前で、氷を削る音がする。透明な器が手際よく並べられ、つゆが注がれた。
俺はひとつを手に取り、もうひとつを少し低い位置に置いてやる。
「ほら」
「ピグよ、食べる時は'いただきます'と言うのだぞ」
様子を見ていた金次郎が口を挟む。
「ぶ!いた…きま…ぶ…!」
言えてないが、可愛い。
ピグが器の縁に前足をかける。
氷の冷たさにびくっとして、すぐ離した。
「ぶも……」
慎重に、麺を見つめる。
そっと口を近づける。
ちゅる。
一瞬、吸えた。
次の瞬間。
つるっ。
麺が跳ねて、ピグの鼻にぺたりと貼り付いた。
「ぶひっ!?」
固まる。
俺は吹き出した。
「落ち着け。敵じゃない」
「ぶ……」
鼻に麺をつけたまま、こちらを見る。
完全に被害者の顔だ。
「先生」
人体模型に抱えられた鏡から声がする。
「麺は吸うのではなく、すするんです」
「難易度高ぇだろ」
「ぶ!」
ピグがもう一度挑戦する。
今度は短くなった麺を、慎重に。
ちゅる。
……成功。
「ぶひ!」
小さく跳ねた。
「うまいか?」
「ぶ!」
即答。
その様子を見ていた店主が、くくっと笑った。
「そりゃよかった。あんたら観光かい?」
「まあ、そんなもんだ」
俺は自分のそうめんをひと口すする。
冷たい。
つゆは薄味だが、出汁が効いている。
悪くない。
そのとき、背後から香ばしい匂いが漂ってきた。
じゅう、と肉の焼ける音。
ピグの耳がぴくっと動いた。
「ぶも……」
ゆっくり振り向く。
視線の先には、串焼きの屋台。
黄金色に焼けた肉から、脂が落ちている。
「……追加だな」
「ぶ!!」
今度は全力。
俺は笑って、串焼きの屋台へ歩き出した。
「いらっしゃい、兄さん。」
串焼き屋台の店主はいかにもなトンチキ集団を前に臆する事なく、笑顔で俺たちを出迎えてくれた。
「串焼き、3本ください。」
「はいよ。」
じゅう、といい匂いがし、すぐに焼き上がる。
「おまちどうさま。」
串焼きを三本受け取る。
「ほら、ピグ」
「ぶ!」
「ピグよ、食べる時はなんと言うのだったかな?」
両手でぎゅっと抱えて、必死にかぶりつこうとするピグを、金次郎が制する。
「いた……だ…ま…しゅ…!」
相変わらず言えていないが可愛い。可愛すぎる。
ピグが串焼きへかぶりつくと、じゅわ、と肉汁がこぼれて鼻先がてかてかになる。
「ぶひ……ぶもぉ……」
幸せそうだ。
「食い意地は立派だな」
「成長期かもしれませんね」
鏡少年が涼しい声で言う。
「オークに成長期なんて概念があるのか?」
「ありますよ、きっと。希望として」
適当だな。
通りの奥から、透明な煙が立ちのぼっているのが見えた。
陽の光を受けて、壁一面の色付きガラスがきらきらと輝いている。
「あれが工房か」
「左様。行ってみるか?」
「兄さんら、工房へ行くのかい?」
俺と金次郎の会話を聞いていたのだろう、店主が声をかけてきた。
「ええ、折角なので見ていこうかと。」
「あそこは、ミラージュ厶最大の工房 ガラスル だよ。」
ただ…、と店主は声を落とす。
「今は工房内ピリピリしているかもしれないが、よかったら見ていってくれ。」
なんだか含みをもたす言い方が気にならなくもないが、好奇心には勝てない。
「ちょっと見ていくか」
「僕も鏡新調しようかな」
人体模型の抱えている鏡から姿を消し、テカるピグの鼻へ反射し姿を見せた少年がクスリと笑う。
「ぶも?」
ピグは鼻先の少年に気付かず、まだ串に夢中だ。




