幻想
剣が、落ちる。
レイは、それを見ていた。
(……また、一人)
誰だったかは、分からない。
名前も、顔も、思い出せない。
それなのに――
胸の奥だけが、鈍く痛んだ。
魔帝の声が、背後から落ちてくる。
「止めないのか」
レイは、反応しなかった。
いや、できなかった。
止める理由が、見つからなかった。
「さっきまで、お前は言っていたな」
「守る、と…」
レイの喉が、かすかに動く。
「だが見てみろ…」
魔帝は死体の方を指差す。
「守れたか?」
答えは、分かっていた。
分かっていたから、
言葉にできなかった。
魔将の剣が、再び振り下ろされる。
――二人目。
レイの視界が、わずかに揺れた。
(……俺が……)
思考が、そこで止まる。
逃げようとしたが、
次の言葉が、勝手に続いた。
(……俺が、希望なんて……)
レイの指先が、微かに震えた。
「希望を与えたのは、お前だ」
「諦めるな、と言ったのも」
「戦える、と信じさせたのも」
一歩、近づく気配。
「殺したのは私たちだが…死なせたのは、お前だ」
――その言葉で、何かが切れた。
レイの中で、
最後まで残っていた“言い訳”が、崩れ落ちた。
(……違う……)
否定したかった。
――みんな、諦めるな!希望を信じ続けてくれ!!
自分が放ったこの言葉が、心を締め上げる。
否定できる理由が、どこにもなかった。
剣が落ちる。
――三人目。
レイは、目を逸らさなかった。
逸らす資格が、ないと思った。
(俺が……信じさせた……)
(俺が……戦わせた……)
(俺が……)
思考が、そこから先に進まない。
魔帝は、満足そうでもなく、
失望するでもなく、ただ事実を告げる。
「信じさせ、期待させ、前に出させて…
最後に、見殺しにする…」
魔将の剣が、血を払う。
次の標的へ向かう背中が、
やけに遠く見えた。
レイの胸の奥で、何かが沈んでいく。
もう、立とうとも思わなかった。
魔帝が、最後に言う。
「だから私は、希望が嫌いだ」
「希望は、責任を取らない」
「責任を取るのは、いつも――」
「残された者だけだ」
レイは、目を閉じなかった。
閉じたら、自分が逃げたことになると思ったからだ。
(……全部……)
(……俺のせいだ……)
「もう十分だ」
魔帝は、倒れ伏すレイを見下ろす。
「その壊れっぷり――」
一瞬、口角がわずかに上がる。
「悪くなかったぞ、人間」
レイの瞳が、かすかに揺れる。
「……っ」
魔帝は、静かに腕を伸ばした。
「私が直々に殺してやろう…」
絶望の魔帝の剣が、レイの首に迫る。
――その瞬間、空気が震えた。
どこからともなく、声が響く。
「…待て、絶望の魔帝」
絶望の魔帝は一瞬、動きを止めた。
低く、声を漏らす。
「……何者だ?」
声は静かに答える。
「我にも目的があるのだ…邪魔をするな」
絶望の魔帝は、しばし沈黙した。
そして刃をわずかに下げながら、鋭く問い返す。
「貴様の目的は何だ?」




