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夢幻泡影  作者: 月光
第1章【希望】
6/7

虚無

レイの背後に立つ存在――

絶望の魔帝。


いや、

もはや“絶望”という言葉ですら、生ぬるい。


そこにあるのは、

希望が生まれることすら許さない――

虚無より深い、否定そのもの。


「……っ!」


振り向いた瞬間、

視界が歪む。


息が、できない。

魔帝は何もしていない。

ただ、立っているだけだ。


それだけで、心が削られていく。


「感情を力に変えたつもりか」

魔帝の視線が、レイを貫く。


「怒り。執念。守る意志……

 どれも、脆い」


レイの拳が、震え始めた。

さっきまであったはずの熱が、

指の先から失われていく。


魔将が、ゆっくりと立ち上がる。


その背後で、魔帝が淡々と言い放つ。

「見せてやろう。

 “希望が生まれる前に、折れる世界”を」


戦士の一人が、ゆっくりと顔を上げる。

だが、その目には――光がなかった。


「……レイ……無理だ……」


その言葉が、刃のように胸を抉る。


「やめろ……やめろよ……!」


拳を握ろうとしても、力が入らない。

感情を引き出そうとすればするほど、

心の奥が空っぽになっていく。


魔帝は、淡々と続ける。

「感情は力になる」


「だがそれは、“折れない心”を持つ者だけだ」


「お前は違う」


その言葉が、決定打だった。


レイの視界から、色が消えていく。


魔将の剣が振り上げられるのが見えた。

分かっている。

避けられない。

受け止められない。


――それでも、拳を握ろうとした。


だが、手が動かない。


「……なん、で……」

声にならない声が、喉で潰れる。


魔帝は、淡々と見下ろしていた。

「感情を引き出したつもりでいるようだが…」


「お前の心の中にあるのは、ただの幻想だ」

「守りたいという…幻想」


魔将の剣が、振り下ろされる。

骨が軋む音が、はっきりと聞こえた。


レイの体が宙を舞い、

地面に叩きつけられる。


「……ぐ……ぁ……」

起き上がれない。


それでも、目だけは魔帝を見ていた。


「…希望を…信じる……!」

叫んだ戦士の背後に、魔徒がまとわりつく。


黒い霧が、肩から胸へと染み込み――

次の瞬間、その戦士の目から光が完全に消えた。


抵抗も、悲鳴もない。

ただ、立ったまま、倒れる。


魔帝はそれを眺めながら、淡々と語る。

「戦う意志がある者から死ぬ」


「恐怖を自覚できる者は、まだ救いがある」


「だが――」

視線が、戦士たち全体をなぞる。


「希望を信じている者ほど、先に壊れる」


魔将の剣が、再び振り下ろされる。

一人。

また一人。

剣を構えたまま、

叫ぶことすら許されず、

命が断たれていく。

地面に転がる剣の数だけ、

〈残光〉の防衛線が消えていった。


誰も、指示を出さない。

誰も、前に出ない。


ただ――

殺される順番を待つかのように。


倒れたレイの視界の端で、

それらが断片的に映る。


(……やめ……ろ……)


声にならない。


魔帝が、レイの方を見下ろす。

「これが絶望だ、よく見ておけ」


魔将の剣が、次の戦士へと向けられる。


レイは、歯を食いしばる。

声を出そうとして、血を吐いた。


「……っ……なんで……」


「なんで、そんなに……」


魔帝が首を傾げる。

「理解できないか」


「――私はな」

静かな声だった。


怒りも、嘲笑もない。


「“希望”という感情で戦う人間が、嫌いだ」


レイの瞳が、わずかに揺れる。


「希望はな」

魔帝は続ける。


「最も無責任な感情だ」

「根拠もなく、保証もなく、結果も見ずに」

「きっと大丈夫だ、と世界を押し付ける」


魔帝の視線が、死体の山へ向く。

「見ろ」

「お前が皆に信じさせた“希望”の行き着く先だ」


レイの喉が、ひくりと鳴った。

「……ちが……」 「ちがう……」


「違わない、希望を信じた者は死ぬ」

「希望とは、弱者が自分を正当化するための

言い訳でしかないんだ」


レイは、震える腕で地面を掴む。

「……それでも……」 「それでも……俺は……」


魔帝は、レイを見下ろす。

「それでも、何だ?」


「守りたい?信じたい?

誰かのために、立ち上がる?」


一歩、近づく。


「それが、どれほど残酷か、まだ分からないのか」

魔帝の声が、低く沈む。


「希望を求めた先に行き着くのはいつも絶望だ」


レイの目から、涙がこぼれた。

「……じゃあ……どうすれば……

よかったんだよ……」


その問いに、 魔帝は初めて、わずかに笑った。


「簡単だ、何も、信じなければいい」

「感情を、持たなければいい」

「そうすれば…失うことも、絶望することも、ない」


レイの胸が、きしむ。

「そんなの…人間じゃない…」


魔帝の笑みが、消える。


「だからだ」

「私は、人間が嫌いだ」


「希望を持ったまま、戦場に立つ人間がな…」

静かに、宣告する。


魔将の剣が、再び動き出す。

魔帝は、背を向けながら言った。


「見届けろ、人間」


「信じた希望が打ち砕かれ、

絶望へと変わる瞬間をな……」

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