警視庁陥落 8
「南部を迎えに行こうか」
芳乃は息を吐き出してそう告げた。
愛は慌てて
「でも、戻ってどうするの?」
と聞いた。
一度飛び出して戻ったとすれば次にまた他の行動をとるのは難しい。それこそ何故戻ってきたのに? そう疑われるかもしれない。
彼女はそう考えたのだ。
芳乃は笑みを浮かべ春姫を一瞥すると
「淡島さんはこの迷路の端から端まで分かっているんだろ? それに俺も迷路脱出は得意だから他の出口を探せる。その前にしなきゃならないことがあるけど……その為にも南部は絶対に連れて行かないといけないし俺は奴を見捨てることは絶対にできない」
と告げた。
春姫は笑むと
「わかった。けど、命がけになるけどいいのか?」
と告げた。
芳乃は鷹揚に笑うと
「もちろん、南部とやるとなるとひさっびさにワクワクが止まらねぇ」
と答えた。
「その上で警察をめちゃめちゃにした野郎たちをぎゃふんと言わせられるのなら……最高だぜ」
目を輝かせて告げる芳乃に春姫は本当に命がけの意味が分かっているのか、それとも父と同じくらいクレイジーなのか迷うしかなかった。
だが、それしか今は逆転の方法が見つからないのだ。
自分がそこへ力になってくれる『仲間』を連れていなければならないのだ。
「俺だけでは絶対に無理だからね」
春姫はそう考えて
「……攻略できなかったことを考えないんだな」
と少々呆れ気味にぼやいたものの感謝するしかなかった。
芳乃は自信満々に「とうぜん」と短く答え、和己たちの集団を追いかけるように足を踏み出した。
波瀬浩司達が誘導する残りの人間を救い出さなければならない。そして、お巡りさんシステムを手に入れて日本の密かに浸食し一気に乗っ取った奴らを追い出さなければならない。
いや、追い出したい。同じ警察官たちを無残に殺した奴らをのさばらしておくつもりは毛頭なかった。
芳乃たちが現在遂行されている対岸の国の日本乗っ取り計画の抵抗の一矢を放とうと足を踏み出した時、地上では警察庁と警視庁、皇居に裁判所など司法のあらゆる場所は崩れ落ち人々は何が起きようとしているのか分からないまま家の中でテレビやネットで情報を集めつつ身を寄せ合っていた。
ただ、間違いなく自分たちは乗っ取った人間たちの下で圧政を受け、下手をすれば粛清されるだろうことだけは感じていた。
林正一郎は名前を本来の『李』と二つ名にし、日本自治区として臨時政府を樹立した。
「これは日本自治区の始まりである。民を害するつもりはない。だが、抵抗する勢力は謀叛者として取り締まる」
そう宣言し
「賢い自治区民はそういう考えの人間がいれば臨時警察の方へ報告してほしい。地位の安定と褒章を用意している」
と告げた。
独裁政治の最初はこうやって密告を利用して政敵を罪なく処断していくことから始まるのだ。
それを林正一郎はやり始めたのだ。
国連はアメリカやヨーロッパ諸国の国家干渉による国民不在の統合に対する制裁と即時停止を求める意見書を出したが常任理事国二か国の反対により否決された。
つまり、既に時代変化が起こった現代となっては機能しにくいシステムが世界秩序を守る力など残ってはいないことを露呈したのである。いや、そもそもの成り立ちを考えるとそういう部分はカバーされていなかったと言うべきかもしれない。
テレビ局もまた帰化し各テレビ局の上層部へと登り詰めていた人間が兵士たちを呼び入れて逆らおうとする人間を捕らえ日本自治区臨時刑務所へと押し込み始めいた。
日本海から兵士を乗せた船が港を目指し、到着した船から兵が降り立つと東京、大阪、博多など主要都市の道路や通路などに銃を手に立ち始めていた。
太平洋側ではアメリカやヨーロッパ諸国の戦艦が一定の距離を保ちながら停泊し事態を見守っていた。
日本がこのまま巻き返しなく落ちればアメリカ本土や太平洋への直接触手を伸ばせる状態になるからである。
日本を焦土化して空白地帯をつくるか。
それとも……。
アメリカやヨーロッパ諸国にしても対岸の国々にしても正に『どちらが得か』という駆け引きとなった。
正にそういう時は正義か悪かではなく損得の話になるのだ。
いつの時代も対国の戦争において正義で始まるものはない。
そんな一触即発状態の地上と同じく東京の地下でも日本の命運をかけた駆け引きが繰り広げられていた。
芳乃は春姫と愛の二人と共に和己たちの後を走って追いかけた。恐らく出口に行けば待ち構えていた波瀬浩司達の仲間……つまり現臨時日本自治区政権と対岸の政府により捉えられるだろう。
「和己は運が良ければ逮捕だが下手をすれば殺される」
芳乃はそう考えて
「んなことさせるかよ!」
とドドッドと闇の中を走った。
分岐はあったが頭の中に入っている。
春姫は間違わずに走っていく芳乃を見て
「なるほど」
とタッタカターと軽く走りながら隣を走る愛を見た。
『亜久里警部補についての理由はお恥ずかしながら……その言えないんですけどぉ』
恐らくそれがこれに繋がっているのだろう。
春姫はそんなことを考えながら響いた声に前を向いた。
芳乃は最後の分岐を進みかけた和己たちの集団を見ると
「奥はダメだった」
と駆け寄った。
全員が足を止めて振り返った。
和己は安堵の息を小さく吐き出して
「そうか、波瀬さんの話じゃ出口がもう近いということなんだが」
と告げた。
芳乃は笑みを浮かべて頷くと
「それがその出口は一番近い場所なのでもっと奥の方が良いのかもしれないと思っている」
と告げた。
「念には念をと言う奴だけど」
それに全員が顔を見合わせて騒めいた。
波瀬浩司は一歩前に出て
「いや、他に出口があるのかは分からない。俺が知っているのはこの先の出口だけだ。もしかしたら永遠に迷路をさまよう可能性がる」
危険だ、と告げた。
「君は何時もダメな方へ人を導こうとするようだな」
そう言って睨んだ。