警視庁陥落 5
芳乃は一瞬チラリと春姫を見たが直ぐに壮年男性に目を向けると
「はい、都市伝説程度ですが地下に外へ抜ける隠し通路があると……先輩刑事から笑い話で聞いて……外へ出ても射殺されるだけならその可能性にかけようかと」
男性は笑うと
「ほう、運がいい奴だ。その通路を俺は知っている。一階も二階ももう落ちた。俺たちだけだ。一緒に行こうか」
と告げた。
そして壁の落書きがされた部分に手を当てると
「俺は波瀬浩司だ。警務部人事課に所属していた」
と壁をガコンッと押して隠し通路の扉を開けた。
芳乃も和己も同時に
「「おお」」
と声を零した。
波瀬浩司は若い男性を見ると頷いて
「仲間くん、行こうか」
と非常用電灯がポツリポツリと点いているだけの薄暗い通路の中へと入っていた。
戸惑いながら付いていく10名の男女と共に芳乃と和己と春姫も足を踏み出した。
芳乃は視界の悪い狭い通路の中で前を行く波瀬浩司を含めた12名を見つめた。
「いやはや、江戸城から外へ出る秘密通路があるって言う都市伝説級の噂は知ってたけど。警視庁から外へ出るダンジョンがあるなんて都市伝説でも聞いた事なかったな」
芳乃はそう心でぼやきながらザッザッザッと足音だけが響く静寂の中を進んだ。
背後から追手が来る様子はない。
「一階にも兵士はもういなかった。全員殲滅したと思って引いたのか? だが考えればあの時点で二階には兵士はいたが一階にはいなかった。しかし更に上の俺たちがいた七階にはいた」
ちぐはぐな違和感がある。
芳乃はそんなことを考えながら前の方で立ち止まるのに合わせて足を止めた。
波瀬浩司が立ち止まったのである。
「分岐だ」
誰もが顔を見合わせた。
恐らく淡島春姫は『答え』を知っているのだろう。このダンジョンの何処かにある本物のお巡りさんシステムダンジョンの場所も知っているのだから警視庁地下から外へ向かうダンジョンの答えくらいは知っていなければ案内などできない。
だが。
芳乃は春姫の手を掴むと首を僅かに振った。
言うな、と言うことだ。
春姫は黙ってそれに従い全員を見回した。
和己が「あ」と言うと
「ちょうど良かった! 人が来る気配もないしさ、自己紹介しねぇ?」
と言うと
「俺達三人は警視庁刑事部捜査一課第三係だ」
と告げた。
「俺は相原な。それでこっちが片倉。それでこいつが長瀬な」
思わず芳乃と春姫はギョッと和己を見た。
「「さっきは名前呼びって言ってたのに知らない苗字が飛び出した!!」」
だがこれで誤魔化せれば素性と本当の目的を隠せる。
芳乃は思わずバクバクと心音を鳴らせた。
それに波瀬浩司は
「そうか、だったらよく無事に一階へ降りれたな」
と告げた。
和己は笑って
「窓から飛び降りて銃と吊り紐で運をかけた」
と告げた。
全員が目を見開くと絶句した。
12名の中にいた女性の一人が安堵の笑みを浮かべた。
「私は上田愛。刑事部捜査支援センターの情報解析をしていたわ。この岡崎君も同じ、彼ポープだったのよ」
バンッと背中を叩かれた年齢の若い男性・岡崎信二が咳き込みながら
「上田さん。ホープを嬉しいですけど痛いですよ」
と言い
「大学が情報処理工学部だったので」
と告げた。
他の面々も凡そIT畑の人間が多かった。
波瀬浩司も頷きながら
「俺は波瀬浩司。警務部人事課だ」
と告げた。
その隣にいた小柄な女性は
「私は江崎葵。地域部よ」
と頭を下げた。
最後に仲間優也が
「俺は仲間優也。交通部の所属だった」
と答えた。
芳乃は口の端を軽く上げた。
「なるほどな」
一通りの自己紹介が終わり波瀬浩司は
「さて、一息ついたところで出口へ向かおう」
と右側の道へと足を進めた。
芳乃は和己と春姫と三人殿を務めながら足を進め、そっと春姫に
「あと幾つ分岐がある?」
と聞いた。
春姫はそれに
「一番近い場所だとあと六カ所だね」
と答えた。
芳乃は頷いて
「南部、途中で喧嘩フッかけるから頼むな」
と告げた。
和己は「了解」と答えた。
二つ目の分岐を左に行き、三つ目の分岐を直進し、四つ目を右に曲がって少し歩いた時に背後から足音が響いた。
波瀬浩司が振り向き
「まさか、敵か!?」
と叫んだ。
瞬間に銃声が響き三人ほどの兵士が姿を見せた。
江崎葵が蒼褪めると
「まさか追いかけてきたの!?」
と逃げるように前に行きかけた。
芳乃は冷静に銃を構えながら
「かもしれないな」
と答えてぶっ放した。
殆どが事務方で応戦に参加したのは和己と仲間優也と波瀬浩司の三人であった。
視界が悪いために銃弾は壁を掘るだけであった。
が、芳乃が兵士の腕を撃ち抜くと彼らは直ぐに逃げ去り、全員が息を吐き出した。
だが油断は出来ない。
波瀬浩司は険しい表情をすると
「もしかしたら地下駐車場の入口がバレて追手が次々と来るかもしれない」
と呟き
「急ぐぞ」
と足早に歩き出した。
つまりこの地下のダンジョンも占拠される可能性があるということだ。
芳乃は歩きながら5つ目の分岐を越えたところで和己を殴って怒鳴った。
「おい! 相原! お前、いま携帯出してただろ? まさか誰かと繋がっているんじゃねぇだろうな?」
和己は尻餅をついて頬を手で抑え
「んなわけねぇだろ!! ちょっと気になって携帯出してみてただけだ!! そういうてめーこそ、本当はどっかの誰かと繋がっているんじゃねぇのか?」
と指をさしてせせら笑った。
「だいたい、7階から2階まで無事に降りれたこと自体が怪しいだろ? お前が窓からなら逃げれるって言ったんだぜ? もしかして一階や二階でこんな風に生き残りがいたら知らせる役割になってるんじゃねぇの?」
その場で足を止めた全員が二人を見て息を飲み込んだ。
芳乃は蒼褪めると慌てて
「そんなわけないだろ!!」
とチラチラと自分たちを見る12名の視線を見返した。
波瀬浩司は一瞬仲間優也を見て小さく頷いた。