警視庁陥落 1
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「逃げろ!! 生きろ!! それが長官の願いだ!! 無駄死にはするな!!」
紅蓮の炎が警視庁と警察庁を包み込む。あちらこちらで爆音が響きその度に建物の形状が変わっていく。
且つて、誰が見ても直ぐに警視庁だと分かった独特のフォルムをしていた建物は噴煙を上げ、その上空でドローンと戦闘ヘリが旋回しながら砲撃を繰り返した。
地上では銃を構えた兵士や小型戦車が取り囲んで投降する者を次々に射殺していった。
皇居を始めとした高等裁判所や最高検察庁など司法の各省庁が占拠された。
ただ一か所……国会議事堂以外はである。
亜久里芳乃は携帯していた銃を構え南部和己と共に火気を含んだ風が押し寄せる警視庁の7階廊下を駆けていた。
警察官と。
兵士と。
敵と味方が天井と床を這うように燃え広がる炎の中で黒い影として廊下の踊り場から姿を見せる。
一瞬の判断で銃を放つか。合流するかを見極めなければならない。
判断の遅延と誤認が自らの命を危うくする。
『死ぬ』ということだ。
芳乃は震える指先で銃を持ちながら
「な、んで」
と呟いた。
何でこんなことになるまで放置してきたのか。
一体何が起きたのかの理解が全くできなかった。
ただ最後の館内放送で『政府が日本を捨てた』ことだけは理解できた。
兵士の多くは内閣総理大臣官邸から緊急指令を受けた自衛隊の兵士だがそこには日本政府の要請を受けたという『前提』で紛れ込んだ対岸の兵士も多くいた。
西暦2152年……日本は内部から乗っ取られていた。
帰化した対岸の政治家が日本の政治家の9割を占め日本と言う国を『日本自治領』に変えた。
その旗振りをしたのが『総理大臣』林正一郎であった。数十年前に帰化し、『少子化』を謳い文句に経済界が欲する安い労働力として海外技能実習生を各国から流入させ人口比率を逆転させていった。
それに乗じて勢力を伸ばし与党だった自らの党に自分の息のかかった帰化した人間を入れ込んだ。
更に政治家の大半が帰化人だと暴露した政治家を消していき、この日に一気に蜂起したのである。
国籍など言葉遊びのお飾りでしかないという対岸の考え方を日本人は理解していなかった。
警視庁の7階の廊下で自衛隊の兵士が階段を登って銃を構えた。
「いたぞ!」
声に芳乃と和己は銃を構えながら咄嗟に背後を見た。が、背後は窓である。
両側の壁は燻ぶった焦げた色と匂いを漂わせてもう炎が頭上まで迫っていることを教えている。
万事休すである。
芳乃は一つ息を吐き出して横を見ると
「南部、お前クラッシュゾーンって映画見たことあるか?」
とにやりと笑って呼びかけた。
冤罪で刑務所へ入れられた主人公が真犯人を捕まえるために脱獄し妻や娘を守りながらその冤罪を晴らすというストーリーだ。
和己はアハハと声を上げて
「見た見た、ビルの廊下で警察官に板挟みにされて窓から飛び降りて逃げるシーンだろ?」
と笑いながら答えた。
「ま、映画じゃ隣のビルに飛び移って助かったけどな」
芳乃は覚悟を決めると「それそれ」と笑いながら
「隣のビルはねぇから7階から飛び降りて砲弾の的になるか、運よく下の階の中へ飛び込めるか……そのままあの世へ直行直帰するか」
と自衛隊の兵士が銃を構えたまま動かないのに小さく息を吐き出した。
「自衛隊も……だな」
逃げろ。
逃げてくれ。
逃げ道はないのに「どうにか逃げてくれ」と言っているのだろうと二人は判断すると踵を返してドン突きの窓に向かって吊り紐を外しながら一気に駆け抜けるとガラスを割って飛び出した。
7階からの隣のビルがない状態でのダイブだ。
恐怖心がないわけではない。
「気絶しそうだぜ」
と芳乃は心でぼやいた。
瞬間であった。
芳乃の目に自分たちがいた窓が吹き飛ぶのが見えた。砲弾が窓枠に直撃し破裂したのである。
一分遅ければ砲弾直撃であった。
司法が落ちれば日本は終わる。
何処かに転換点があったはずなのにここまで来るまで自分たちは放置してしまったのだ。
テレビ以外のネットや他の場所ではその危惧は叫ばれていた。
だがそれを見ない振りをし続けてきた。
正に頭が花畑だったということだ。
いや、ゆるゆるの法律を正さなかったツケを今払わされているのだ。政治家や省庁が乗っ取られていたのなら当然と言えば当然だろう。
結果として日本は日本ではなくなった。
耳元で相棒の和己の声が響いた。
「亜久里ぃ!!」
そして、芳乃も一瞬の浮遊感の中で叫んだ。いや、叫ぶしかできなかった。
「南部ぇ! 生きてたらさぁ……」
……また相棒な!! ……
目の前に広がる空は青く東京のビル群が見えた。




