ふたりで歩く街
次の休日。
玄関先に現れたレオンハルト様──レオンは、いつもの上品な衣装ではなく、街歩きに馴染む地味めな服を身にまとっていた。
それでも隠し切れぬ品の良さに、思わず見とれてしまう。
「……似合いますか?」
少し照れたように襟を整える彼に、わたしは笑って頷いた。
「ええ、とても。けれど……なんだか新鮮です」
「あなたと同じ景色を見たくて」
そう言われて胸が温かくなる。自然と並んで歩き出し、わたしたちは街へ向かった。
市場に入ると、店主が目ざとく声を上げた。
「おお、アン嬢ちゃん! ……今日はおや、立派な若旦那も一緒か?」
驚きと喜びの混じった視線がこちらに注がれ、頬が熱くなる。
「恋人ができたのか! めでたいめでたい!」
豪快に笑いながら果物をひとつ多く渡され、わたしは慌てて礼を言った。
隣でレオンが穏やかに微笑むのを見て、胸がさらにくすぐったくなる。
広場では、子どもたちが駆け寄ってきた。
「アン姉ちゃん、今日はお兄ちゃんもいるの?」
無邪気な問いに笑いがこみ上げる。
「そうよ。一緒に遊んでくださるかしら?」
「やったー!」
子どもたちに混じって、レオンまでも追いかけっこに加わった。
侯爵家の跡取りが、真剣に子どもたちと走り回る姿は滑稽で、けれど温かかった。
わたしも夢中で走り、笑い声が青空に弾ける。
その後、パン屋に立ち寄ると、夫婦がにやりと目を細めた。
「おやおや、ついに連れてきたのかい」
「幸せそうで何よりだねぇ」
「ち、違います!」
慌てて否定するわたしを、レオンが楽しげに見守っている。
昼時になり、食堂へ足を運んだ。
普段なら骨付き肉を頼むところ、今日は少し遠慮してスープを選んだ。
すると看板娘が首をかしげる。
「いつものはいいんですか?」
ぎくりとするわたしに、レオンが静かに言った。
「アンさん、普段通りにしてください」
その一言で迷いが消える。
「では……やっぱり骨付き肉を」
皿が運ばれると、素手で掴んでかぶりついた。
頬に肉汁がつき、マリアのように拭ってくれる人はいない。
けれど、向かいに座るレオンが柔らかく笑って見守ってくれている。
その視線に支えられて、わたしも笑った。
――この人がいてくれて、よかった。
心からそう思った。
こうしてわたしたちの街歩きは、何でもないのに特別な一日になった。
もう「秘密」ではない。
この街で、この笑顔を、彼と分かち合えるのだ。




