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告白のとき

 部屋に閉じこもったまま、一晩が過ぎた。

 あの瞬間のことを思い出すたび、心臓が締めつけられる。

 ――街娘の姿を、レオンハルト様に見られてしまった。


 最悪だ。もう終わりだ。

 そう頭の中で繰り返すばかりで、布団を被っても眠れなかった。




 翌朝、扉の外からマリアの声がした。


「お嬢様、今日のお約束……どうなさいますか?」


 体調が悪いと答えれば、きっと理解してくれるだろう。けれど、わたしは唇を噛みしめた。


「……参ります」


 自分でも驚くほどかすれた声だった。


「本当に? 顔色が……」

「会わなければ、不誠実です」


 震える指先をマリアがそっと握り、短く頷いた。



 玄関へ向かう途中、弟が立っていた。

 真面目な顔で、けれど少しだけ優しい声で言う。


「姉さんは、笑っている方がいいです」


 わたしは目を見張った。

 弟は続ける。


「もし結婚しなくても、男爵家は大丈夫ですよ」


 その言葉に、胸の奥が熱くなる。

 涙を堪えて頷き、わたしは馬車へ乗り込んだ。




 そして、レオンハルト様との対面の時。

 小さなサロンで向かい合うと、彼は変わらぬ穏やかな笑顔を浮かべていた。

 その笑顔が、今は痛い。


「……ずっと、黙っていてごめんなさい」


 わたしは必死に声を絞り出した。


「わたしには、貴族令嬢らしからぬ趣味があります。街に出て、庶民と同じように過ごしているんです。……軽蔑なさいますか?」


 胸の鼓動が耳の奥まで響く。

 けれど返ってきたのは、思いもしなかった言葉だった。


「――実は、知っていました」

「え……?」


 彼は真っ直ぐにわたしを見つめ、穏やかに続けた。


「以前、街であなたを見かけたんです。素朴な格好で、子どもたちと泥がつくまで遊んでいる姿を。とても楽しそうで……心を打たれました」


 頭が真っ白になる。


「夜会で再びお見かけしたとき、驚くと同時に、あの時と同じ笑顔をしてほしいと願いました。それで――婚約をお願いしたのです」

「そんな……わたしなんか……」

「軽蔑? とんでもない。わたしは、あなたのすべてが好きなんです」


 その言葉に、もう耐えられなかった。

 わたしは堰を切ったように涙を流していた。


 手に触れる温かなものに顔を上げれば、彼の掌がわたしの涙を拭っていた。

 柔らかな笑みを浮かべるレオンハルト様の姿が、滲んで揺れて見える。


 ――ああ、この人を好きになってしまった。

 そう悟った瞬間、胸がほどけていくのを感じた。

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