最愛の奪還
「ミミ!」
「まぁ! 殿下! 丁度、目を覚ましたところですよ」
ミミは、僕の顔を見て破顔した。
少なくとも嫌われてはいない。
そして僕の大好きなゆったりとした笑顔で僕に近づき、誘うように僕の手を取って、甥っ子の元に案内してくれた。
手をつなぐのは祖父母に躾け直された「お行儀の良い距離」を超えている。
それならばと、僕もすかさずミミの腰を引き寄せて、抱きしめながらほっぺにご挨拶のキスを落としたら、ミミが小さな声で「この子にも」と囁いて、ニコニコ顔で姉の方を見た。
姉は手慣れた仕草で赤子をベッドから取り出して、僕に抱かせてくれた。
僕は甥っ子ではなくて、ミミを抱っこしたい気持ちでいっぱいだったが、グッとこらえた。
ミミは僕の腕の中にいる赤子のほっぺをツンツンして、「かわいいわ〜」とうっとりしていた。
僕達に子供ができたら、僕は構ってもらえなさそうだ、なんてことが頭に浮かんだ。
その頃には僕ははっきりとそういう目でミミを見ていた。
**
「ミミ! 昨日はどこに行ってたの? なんで晩餐に来ないのさ?」
「殿下、わたくしは捕虜ですのよ? 殿下を歓迎する晩餐に参加できるわけがないでしょう?」
そうだった!
そうなのだった!!
昨夜の歓迎会は内輪だけと言っても、姉の夫の親戚が集まってくれていた。
そして姉の夫の生まれは元敵国の王族だ。
姉は上手く溶け込んで、大事にされているようだったから気が緩んでいたけれど、ミミは依然として悪名高きスタリトレーガルからの捕虜なのだ。
気をつけるに越したことはない。
「ごめんミミ! 迂闊なことを言った。チューーーーっ」
「きゃっ」
迂闊なことを言った上に、迂闊なことをしてしまった。
反射的にミミを抱っこして、頬に吸い付いていた。
ミミを抱っこしたのなんて、生まれて初めてだった。
不思議とするりと自然に抱っこできた。
しかも、無意識にチューーーーーっとしていた。
もう一回してもいいかな?
「この城で不便はないの?」
「大丈夫ですよ。皆さん、良くしてくださいます」
僕は急ぎ足で僕が滞在する部屋にミミを運んだ。
抱っこしたいから抱っこしているんじゃなくて、急いで運びたいから抱っこしているように見えるんじゃないか?
おかしな理屈をつけてでもミミを離したくなかった。
「ねぇ、ミミ。僕、ここに引っ越そうかと思うんだ」
「まぁ、それでは、入れ違いですね。わたくしは、来週帝都に戻ることになりそうですの」
ミミはイタズラっぽく微笑んでいる。
ミミ、どうしたの?
性格、変わった?
「帰るの?」
「はい。わたくしがここにいると、姉さまにご迷惑をかけてしまいそうですから」
間接的に僕が居座ると迷惑だと言っているんだけど、そういう作戦なんだよ。
自分の客室に到着した僕は、ミミごとどっかりとソファーに座った。
そして、僕の膝から降りようとするミミのお腹をグッと引き寄せて、顔をこちらに向けさせた。
笑いを噛み殺しているのがバレバレだよ?
「なら僕も帰る」
「ふっ」
ミミは小さく吹き出して、僕の胸に顔を埋めて肩を揺らしている。
僕は恥ずかしさをごまかすように、ムッとした口調で聞いた。
「なんで笑っているのさ?」
「だって、殿下があまりに予想通りで、おかしくって。ふふっ、ふふふふふっ、あははははっ」
ミミは我慢できなくなったとばかりに、とうとう声を出して笑い始めた。
逃げられないように押さえたお腹がひくひくしているのが伝わってくる。
ミミにつけている二人の護衛まで、下を向いて笑いをこらえている。
「そんなにおかしいの?」
「はじめからそういう作戦だったのでしょう?」
僕は真っ赤になった。
そんなに分かりやすかっただろうか?
ミミと一緒にいたくて、お祖父様の離宮で暮らし始めた時とおんなじことをしようとしただけだったから、確かに分かりやすかったかもしれない。
両親がミミに帰宮命令を出すまで居座る作戦だった。
この方法だったらミミに僕か姉かを選ばせなくて済む。
「ミミ、一緒に帰ろう」
「はい。殿下」
それから僕達は、晩餐の時間まで1日中おしゃべりをして過ごした。