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失踪

「行ってらっしゃいませ」


「行ってくるよ。ちゅっ。えっ!?」


 卒業式の朝、ミミは例の女官の制服姿で中央玄関まで見送りに出てくれた。


 僕はしばしの逡巡のうち、人目を無視して、いつものようにご挨拶のキスをした。


 女官にご挨拶のキスをする皇太子なんていない。


 その場の空気が少し張り詰めたような気がした。


 それは、僕が逡巡している間にミミが少し顔を動かしてしまって、いつもは口の端に落ちていたご挨拶のキスが、唇にのっかったからでもあった。


 ただのご挨拶ではなく、恋人同士のそれに見えてしまっただろう。


 事故だ。


 事故だった。


 僕は唇を撫でながら馬車に乗ろうとして、でも、たまらず踵を返して頭を下げているミミの唇にもう一度「ご挨拶」した。


 これがダメ押しだった。



「殿下、止められない噂になりますよ」


「望むところだよ」


 そう言うと、僕はもう一度、しっかりと唇に「ご挨拶」したあと、額にも小さく「ご挨拶」して馬車に駆け込んだ。


 僕は真っ赤になっていたことだろう。


 ミミの嬉しそうな顔が頭から離れなかった。


 あれが正解だったんだ。


 ミミも僕を……


 一日中、ぼーっとして、卒業パーティは心ここにあらずの状態でやり過ごしたから、何か失態をしているかもしれない。

 でも、もう、いいんだ。


 目があっただけの令嬢たちよりもはるかに強力な噂話が出回るだろうから。


 そう思って、パーティーが終わるや否や王宮に大急ぎで戻ったら、ミミがいなくなっていた。



 ***



「姉上、ミミが来ていませんか?」


「ミミ? 部屋にいないの?」


「そういえば、今日は見ていないわね」


 姉が王宮に滞在しているのにミミに会わない日なんてあるのか?


 凄く嫌な予感がした。



「母上、ミミがいません」


「レナの部屋じゃないの?」


「いえ、姉上の部屋にもいません」


「明日の朝、また捜索してみましょう? 眠れない夜は誰にでもあるわ。どこかで本でも読んでいるのかもしれないし、朝には部屋に戻っているでしょう」


 母はもはやミミがスタリトレーガルの戦争捕虜であることを忘れているようだ。

 姉さまと同じ感覚で娘が夜中に厨房につまみ食いに行ったぐらいの感覚だ。



「なにを悠長なことを言っているんですか? 年頃の令嬢が行方不明なんですよ!?」


「大げさね。居住区の中は安全よ。不埒な事件を起こしたりするスタッフはいないわ」


「そうではありません! 連れ去られた可能性も考えてください」


「ジャジャ、こんな夜中に何事だ?」


 僕の大声で父も目を覚ましたようだ。

 僕は力の限り大騒ぎをして、パジャマ姿の父が近衛に捜索命令を出すように仕向けるほどの事態となった。


 その時点での僕は、母の言う通り、どこぞで本でも読んでいるのではないかという期待を抱いていた。


 大騒ぎにして、それ以降ミミが夜は部屋にこもるようになれば良いぐらいに思っていたが、ミミは朝になっても見つからなかった。


 その時には、皇族の居住区だけではなく、王宮全体を捜索する騒ぎになっていた。



***



【スタリトレーガル王女、ミランダミラン、王宮地下の政治犯収容所から脱出逃亡】


 騒ぎは王宮だけにはとどまらなかった。

 翌日の昼には新聞の号外が発行される騒ぎに発展した。


 近衛だけではなく、正規軍からも捜索隊を出した。


 それでもミミは見つからなかった。



「父上、関門を封鎖しましょう」


「封鎖するって言っても、どこを封鎖するつもりなんだ?」


 父の疑問も最もだった。

 祖父が平定した大帝国には、数えきれないほどの関門があった。



「まずは王都でしょう」


「王都からは脱出しているんじゃないか?」


「では、旧エーガイア国ではどうでしょうか?」


 旧エーガイアというのは、祖父が諸国平定を始める前の我が国の名だ。



「相手が馬鹿じゃなければ既にエーガイアも越えているだろう」


「では、旧ミッドランド8国では?」


「まぁ、そのあたりが妥当だな」


 これが悪手だったとは思わない。

 ただ、この王命で騒ぎは王都にとどまらず、帝国全体に広がってしまった。


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