ダンス
「それにしても、その制服、良く似合ってるね」
「ええ。近侍女官の新しい制服は姉さまがデザインしてくださったのですよ」
「姉上か…… いつも一枚上手なんだよな」
「お昼には姉さまに付き添って、両陛下に贈り物をお届けするのにお供したんですよ」
ミミは凄く嬉しそうだ。
「緊急避難ルートは確認した?」
「はい。姉さまのお散歩にお供する形で。王宮の前庭なども拝見いたしました」
近侍女官は後ろにつく形で横並びでは歩けない。
だから、僕は向かい合って会話ができるダンスに付き合ってもらうことにしたんだけど、まだ王宮の外にでることもできていないのに、居住区の外に出ただけで大喜びしているミミを見て胸が痛んだ。
ミミはバライカから戻る馬車の中でもずっと窓に貼りついて外を見ていた。
僕はできるだけ長くミミを閉じ込めていたいけど、同時にミミにいろんなものを見せたいとも思っているんだ。
どっちかと言えば、閉じ込めていたいという気持ちの方が強いというのが事実だ。
「栗色のウィッグも良く似合ってる」
「そうですか? ふふっ。雰囲気がかわりますよね?」
「うん。いつもよりも大人っぽい」
「陛下にも落ち着いて見えると言っていただけましたわ」
父上もほめたのか?
もしかしてミミのこの姿を見るのは僕が最後?
なんだかがっかりだ。
「それにしても、ミミ、ダンスが上手だね。誰と練習したの?」
ミミはダンスが上手かった。
誰かと何度も練習しないとこうはならない。
誰とどのくらいの時間を一緒に過ごしたのかが気になって仕方がない。
狭量な嫉妬だ。
わかってる。
「姉さまですわ」
「姉上?」
「ええ。姉さまはタカラヅカという歌劇団を創設されるほどの歌劇好きで、特に女性が演じる男役にあこがれていたのです。子供の頃は身長の差もちょうどよくて……」
「ああ、確かに、姉上はオペラとか好きだね」
姉上だったのか。
ほっとしたような、くやしいような複雑な心境だ。
同時にミミに申し訳ないと思う気持ちが再び湧き上がってきた。
ミミは、ミュージカルも、オペラも、演劇も、オーケストラも、何一つ観たことがないのだ。
僕はそれらが大して好きではなくて、数時間座っていなきゃいけないのが苦痛だけど、姉はそれらがないと生きていけないんじゃないかと思えるほどの音楽好きだ。
母は美術が好きだし、父はスポーツが好きだ。
ミミは読書好きだが、それはミミがそれ以外のことをできる環境にないからとも言える。
僕はミミが趣味だから、居住区に引きこもってミミとまったりできれば幸せだけど、ミミが自由に行動することを許されていたら、何を趣味にしただろうか?
ミミと踊っている途中なのにしばし考え込んでしまった。
「殿下? 姉さまは実物の王子様とは違いますけれど、素敵な王子様でしたよ?」
「実物の王子様はどうかな?」
「想像よりもしっとりしていますわ」
「なっ!!」
僕の手汗のことを言っているんだろう。
ミミと手が触れあって、こんなに近くで踊っているんだ。
緊張しないわけないだろう?
心臓もバクバクしているし、今の発言で耳まで真っ赤になってしまっただろう。
姉の演じる素敵な王子様と比べて無様に違いない。
「幻滅した?」
「いいえ。実物の王子様はしっとりしてるなと思っただけですわ」
ミミは下を向いて、笑いをこらえている。
知ってるよ。
きっと今、お腹がひくひくして、君の方が休憩したいんだよね?
「はぁ~。休憩にしよう」