聖女コラリア
「ところで、殿下。ゲール家のお話は誰から?」
「聖女コラリアだよ。学園の」
僕は深く考えず、正直に答えた。
が、ミミが眉を顰めるのを見て、軽率だったかとハッとした。
「殿下、神殿にはお気をつけくださいね?」
「うん。十分わかってるよ。あいつらは敵だ」
「敵、とまではいきませんが、油断のならない相手です」
かつて神殿は世界を股に掛けた最大権力を持つ組織だった。
しかし、祖父がミッドランド8国を平定した時点で、帝国は神殿と同じ権力を得て、神殿の言いなりになっていた時代は終わった。
各々の国単位では神殿にかなわなかったが、帝国となってまとまったことで得られた権力だ。
「でも、聖女コラリアには罪はありません。神殿に利用されているだけでしょうから」
「そうだね。神殿において神託だけは本物だからね。でも、コラリアは『神官たちには秘密にしろって言われてるんだけど』と言いながら、預言を少し教えてくれたよ」
「そうですか? 聖女コラリアは、神託を得た10才から学園に入るまでの15才まで地方巡業で世界を巡っていたそうですから、まだ神殿の中枢構造を知らないのかもしれません」
ミミはそういうと大きく首を反らして空を見上げた。
僕もミミと同じように空を見上げてみると、星が出始めの黄昏時ならではの美しいグラデーションが広がっていた。
「美しいな」
「聖女コラリアは、太陽はどの地方にも平等に照らし、星はどの地方にも平等に瞬くとおっしゃったらしいです。素敵な言葉ですね」
政治的には身分制度を批判するような響きのある危険な言葉だ。
しかも、言葉の美しさが人々の心に響いて世に浸透している。
「まぁ、神の下に平等とか言い出さないだけマシだな」
「殿下、興ざめですね。戻りましょうか?」
***
バーンっ!!
「ミミ! 何事もない!?」
「姉上!?」
聖女コラリアから聞いた話について、何か知らないかと姉に手紙を書いたら、姉が緊急帰宮した。
神託を知っているもう一人の存在は、姉だった。
「まぁ、姉さま! 登場の仕方が殿下とそっくりですね」
「チュッ、チュッ、チュッ、チュッ、チュッ、チュッ、チューーーー」
姉はミミの元にすっ飛んできて、顔中にキスを落とした。
顔中が口紅の跡だらけになったから、侍女から受け取ったメイクオフで僕が優しく拭ってあげた。
やれやれ。
正直言って、うらやましい。
「姉さま、何かあったのですか?」
僕はミミの背後で首を振って、姉に緘口を促した。
ミミが闇落ちするとか、魔界の門を開くとか、そういう話をミミに聞かせるのは嫌だった。
聖女コラリアの話では、神託は変えることができるのだから。
***
真夜中、皆が寝静まった後、僕は姉に詳しい話を聞いた。
「私が前世を思い出したのは、お爺様がミミを連れてきた時だったから、スタリトレーガルの軍行は止められなかったわ」
「そんな昔の話しなのですか!?」
僕は3才で、その頃のことなんてまったく覚えていない。
ミミは僕の一番古い記憶で既に僕の傍にいた。
姉は7才、だっただろう。
「思い出せることの全てをお婆様に話して、それ以降の軍行は止めてもらったわ」
「おばあさまが全ての公務を放棄して、実家に帰ったことですか?」
「お父様とお母様に知られずにお爺様の行動を変えるにはああするのが最も有効だったのよ」
「なるほど?」
姉が両親に相談しなかった理由は聞かなかった。
僕自身が多忙な両親とは疎遠で、今回のことも両親ではなく遠方に住んでいる姉に相談したし、僕にとって家族って感じがするのは姉の他には中等部の頃に一緒に暮らした祖父母だ。
姉も似たような状況だったのだろうと思う。