神託
「オサリバン先生、お邪魔いたします」
「ミミ様は、2回目ですね」
帝都に戻った僕は、学園から戻ると、サッと身繕いして、ミミを迎えに行き、皇族教育の間も、帝王学教育の間も、ずっと横に置いている。
国家機密も何もあったもんじゃないから、大反対されるかと思いきや、先生の方が慣れたもんだった。
どうやら姉も同じことをしていたらしい。
「カレナ様なんて、ミミ様をお膝に乗せて可愛がるのに夢中で、ミミ様のほうが真面目にお聞きくださったんですよ」
「何っ? 僕はまだまだだったようだね。お膝の上においで、ミミ」
「......」
ミミは、ジト目を返しただけで僕の膝の上にくることはなかった。
それでも、退室はせず、少し離れたところでキルティングに勤しんでいたから、まあ、よしとした。
王都の令嬢たちの間では、ハンカチに刺繍をさして、想い人に渡すのが流行っていた。
僕もたくさん貰った。
おかしな薬液が染み込んでいることもあるから、近衛に受け取らせて、処分してもらっている。
本当は受け取り拒否したいところだが、皇族は人気商売なので、にこやかに受け取るようにと母から言われている。
ミミが刺繍を刺してくれたら、喜んで使うんだけど、ミミはそういう匂わせのリスクが取れる立場ではない。
その代わりに春・秋の肌寒い時に暖かく過ごせるように制服の内側に着るスリーピースベストの背中部分に極薄の綿を入れて、キルティングをしてくれる。
針を持てるようになってから寒がりの姉さまのために作り始めたもので、既にかなりの腕前だ。
「あー。疲れたぁー。今日の夕飯はなんだろうね?」
「シェフが海鮮市場に行ったと侍女が言っていましたわ」
「海鮮か、いいね」
帝都に戻ってから、ミミは僕が勉強した日は、晩餐まで付き合ってくれるようになった。
逆に、勉強をサボると、口もきいてくれなくなる。
姉が僕の勉強不足についてよっぽどネチネチとミミに告げ口したに違いない。
それでも、確実にミミを傍においておくことができる方法がわかったから、悪くない。
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幸せな時間はあっという間に過ぎ、卒業を間近に控えたある日、学園で気にかかる質問を受けた。
「王子、卒業したら、一生聞く機会がないと思うから思い切って聞いちゃいますけど、ミランダミラン姫って、もうスタリトレーガルに戻っていますか?」
「ミランダミラン姫?」
ミミの正式名称だ。
神殿関係者からの不意打ちに毛が逆立ったように感じるほど驚いたが、冷静を装って答えを避けた。
「私が未来を知ってる神託の聖女だってことは知ってますよね? そろそろミランダミラン姫が邪神に傾倒して、闇落ちするころなんですけど、大丈夫かなって」
「邪神? 闇落ち?」
この聖女は幼い頃に神託を授かって、神殿に聖女として迎えられた。
これまでいくつかの災害や疫病を予知した実績があり、その功績で神殿から聖女の称号を受けた貴人だ。
神託に関して、ウソをつくことはないだろう。
「この世界で言うところの『黒魔法』の使い手なんですよ。ミランダミラン姫って」
「は?」
ミミが黒魔法の使い手?
何を言ってるんだ?
「王様から聞いてないですか? ミランダミランが闇落ちして、魔王を召喚するんです。それで人族と魔族の戦いが始まるんです。学園編の後は、私は攻略対象達と一緒に討伐戦にはいるんですけど……」
「何の話かな?」
父からは何も聞いていない。
帝都に帰る日に姉とミミが「殿下にはいつ伝えるんですか」と迫っていたのはこのことか?
重大事じゃないか?