後編
「お姉様! あれを止めて全部嘘だって謝ってよ!」
「何言ってるの? 事実でしょう?」
「巫山戯ないでよ! あんなことをされて私がどれだけ迷惑してると思ってんの!?」
「迷惑とはどういう意味なんだ、アビス!」
「あっ、ユーム様……」
アビスがシシラに対して高圧的に怒鳴るように怒りをぶつけるが、その様子を王太子ユームに見られてしまう。そのユームは見たこともないアビスの怒り様に信じられないものを見た思いでいた。
「試験の入れ替えがあったのは今までのことで今回がなかったということは、今までのアビスとシシラの成績は入れ替わっていたというのか!?」
「それは違、」
「映像の学園長の話が本当ならアビスは今まで姉に自分の課題をやらせていたというのか!?」
「違うって言ってるでしょ!!」
アビスは癇癪を起こして髪を振り乱しながら首を横に振る。そんな様子にシシラもシュバリアも呆れてしまう。よくそこまで王族相手によくも堂々と嘘を貫けるな、と。
「こんなことになったのもお姉様のせいよ! お姉様、さっさと皆に嘘ですって謝ってよ!」
「お断りよ。嘘なんかついてないし」
「何でよ!? 今まで私のためにしてきたくせにどうしてよ!?」
「好きでそんなことをしてきたわけではないわ。そして、これからはもうそんなことをしない。絶対にね」
「そんなの嫌よ!!」
姉に拒否される。予想していなかったことにアビスは更に怒り狂う。シシラが魔法を使っていなくても本性は見え見えだ。そんなアビスの姿にユームは幻滅する。それだけにアビスの事実と豹変ぶりがすごかったのだ。
「アビス……僕は君のことを信じて婚約者のシシラとの婚約破棄を決めた。それなのに……」
「お姉様の馬鹿! お姉様は私のためにいればいいの! えいっ!!」
「「「っっ!?」」」
アビスの体から銀色の魔力が放出されていくつもの銀色の槍が形成される。聖属性の魔法攻撃だ。学園長の攻撃魔法よりも強力な聖女の魔法。そんなものを止められるものはここにはいないと誰もが思っている。だからこそ、恐怖したり離れていくものばかりだった。シシラとシュバリアを除いては。
「アビス……予想はしていたけど姉であるこの私に攻撃魔法? 聖女ともあろうものが落ち着きのない子ね」
「うるさい! 魔法を撃たれたくなければ早く全部嘘だって謝罪しろ!」
「今までのアビスが嘘で、今の傍若無人なアビスが事実だって言うなら間に合ってるわ」
「そういうことじゃないのよ! 分からず屋がああああ!!」
「アビス! 止めてくれ!」
シシラは魔法の槍を向けられても一切動じることはなかった。そんなシシラの静かな態度が癇に障ったアビスは怒りのままに魔法の槍を全てシシラに向かって放ってしまった。ユームが止めるのも虚しく。
「シシラ! 逃げろ!」
「いいえ、逃げるまでもありません。シュバリア様は下がって! 【ウォール】!」
シシラは金色の光の障壁を再び形成して、アビスが形成した歪な形の銀色の槍を防いだ。槍は障壁にぶつけっても破ることもなく消えてしまった。
「な、何でよ!? 私の聖女の魔法を何でお姉様ごときが防げるのよ!?」
「努力の差だと思うけど?」
「何が努力よ! 私には聖女の才能があるのよ!」
アビスは両手の掌をシシラに向けて銀色の炎を放った。聖属性の攻撃魔法だ。それに対してシシラは金色に光る水の柱を出して銀色の炎を消した。
「火は消火しないと火の粉が飛び散るからね」
「うるさい!!」
銀色に輝く疾風が荒れ狂う。これもアビスによる魔法だが、シシラの魔法解除の魔法により何事もなく終わった。
「風系統の魔法は範囲が広いから気をつけて使いなさいよ」
「そ、そんな……どうしてよ。どうして私の魔法がお姉様なんかに……」
アビス強力な攻撃魔法をシシラに向けたのに、その全てが防がれたり消された。アビスは疲弊と現実を受け入れられずにブツブツとつぶやきながらうずくまる。そんな姉妹の戦いと結末に周囲の反応は大きかった。
「「「「「すごい! 光魔法で聖女の魔法を防ぐなんて! 聖属性の魔法は光属性の上位互換のはずなのに! シシラ嬢ってこんなにすごかったのか! 流石は聖女の姉だ!」」」」」
見ていた生徒と教師の反応はシシラを称賛しアビスに失望というものだった。そして、衝撃を受けたのはシシラに近しい男とアビスに近しい男、両者を知る者も同じだった。
「シシラが聖女に勝った! シシラならば防ぐことはできると思っていたが、ここまでとは!」
「シシラの魔法がアビスを上回っていた? こんな圧倒的に? そんな……それじゃあ、成績の入れ替えという話は事実……」
「ば、馬鹿な……聖女アビスの魔法をシシラ・アリゲイタが防いだ!? あの娘の魔法にそこまでの力が!?」
シュバリアにユーム、学園長の衝撃は周囲の生徒や教師よりも大きい。シュバリアはシシラがそう簡単に負けるとは思ってはいなかったが、ここまで圧倒的な差を見せつけるとまでは予想外だった。
ユームはというと、アビスの豹変ぶりに恐怖すら感じたが、そんなアビスの聖女の力を全く寄せ付けないようなシシラの圧倒的な力に目を見開いて驚かされた。てっきりシシラが魔力量が少なくて弱くて役に立たないと思い込んできただけに自分の目を疑ってしまう。
「あれがシシラ? 僕の名ばかりの婚約者……弱くて役立たずで馬鹿な女……それがどうだ? アビスもあれが本性だったというのか?」
そして、学園長も仮にも教師という立場という視点からシシラとアビスの実力について周りとは少し違った驚き方をしていた。聖女とその姉、いつの間に力の差が逆転していたのか。しかし、驚いて呆然としている間にもシシラは疲れを見せないような顔で周囲を見回す。そんなシシラにシュバリアはそばまで来た。
「シシラ、君は本当にすごいな。あんなのでも聖女に勝ってしまうなんて!」
「まぁ、アビスのことは嫌でも近くで見てきましたから。あの子の魔法もそのくせも頭に入っているのです。その経験が今の結果になったんです。皮肉なことですよ」
シシラの脳裏に浮かぶのはアビスの負担を代わりに受けてきた日々。それは課題のこともそうだが、聖女のすべき祈りや魔法による浄化、ポーションの作成に病院のボランティア、聖女の仕事全般を任された激務の日々。それらがシシラを鍛えてきたようなもの、それが聖女と戦って勝つという結果になったのだから確かに皮肉かもしれない。
「それでもすごいよ。皆、シシラの本当の力に驚いてるだろ。これでシシラの評価も変わってくるさ」
「この学園の評価ならもうどうでもいいことです。私は一刻も早く学園、国からも出ていきたい思いですから」
「やはりそうか……それなら俺も協力しよう。この後すぐに俺の国に君を連れて行くように手配するよ」
「まあ! 本当ですか!」
「ああ、ずっと君の力になりたいと思っていたんだ。それくらいならお安い御用さ」
「シュバリア様……! ありがとうございます!」
シシラはシュバリアの言葉が嬉しかった。心の中でずっとシュバリアの国に行ってそこで暮らしたいと思っていたために、その願いがこんな形で叶うかもしれないなんて思ってもいなかったのだ。
だからこそ、シシラはケジメを付ける思いで周囲に宣言した。ここには元婚約者の王太子に学園長、そして聖女の妹がいるからちょうどいい。
「皆様、どうかお聞きください。私、シシラ・アリゲイタは学園からの退学処分を受け入れ去ります。それと同じく、王太子殿下の婚約破棄及び国外追放を受け入れ国を去ります」
「「「「「っっ!!??」」」」」
「今までありがとうございました。それでは失礼いたします」
シシラの言葉は呆然とする学園長と疲れてうなだれる聖女アビスに伝わったのか怪しいが、少なくとも王太子ユームと目があったので伝わったとシシラは判断した。何しろユームはシシラの言葉に驚いたのか唖然としている。
その機会を逃すまいとシシラは混乱する体育館を後にして学園を去っていく。周りは口を開けて唖然としながら見送っていたが、シュバリアだけは後に続いていた。
シシラの宣言を聞いた者も聞かなかった者も誰一人としてシシラとシュバリアを追いかけるものはいなかった。呆然としたり、聖女を怖がったりと追いかけられる状況ではなかったからだ。
その後、シシラはシュバリアとその仲間たちとともに彼らの故郷バッファロード王国に旅立っていくのであった。
~終わり~
??長編するかもしれません。