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前編

「はぁ~……」



公爵令嬢シシラ・アリゲイタは今日もため息を吐く。その理由は、目の前にあるテーブルの上の課題の山。これを置いたのは侍女をしている者だった。



「アビスお嬢様からの伝言です。明日提出するから……というわけでおまかせしますね」


「……了解」



公爵家に仕える侍女らしからぬ素っ気ない態度に返事も聞かないで去っていく始末。それだけで咎められる要因になりそうなのだがシシラはもう気にしない。



「これだけの課題を明日までに……アビス……」



シシラは課題の山を睨む。とてもではないが令嬢が一日でたった一人で片付けられるものではない。しかし、こういうことはもはや日常茶飯事だったシシラはすぐに気持ちを切り替えることにした。



「しょうがないわね。今日も徹夜ってことね。全くあの子ったら……」



徹夜で課題に取り組むことすら慣れてしまっていた。それほどまでにシシラの立場は弱い。妹であり聖女でもあるアビス・アリゲイタに比べれば。





シシラの妹アビス。シシラの実母が亡くなった後に父が再婚してできた義母との間に生まれた娘だ。彼女の性格は非常にわがままで自己中心的な性格。それというのもアビスが聖女に選ばれたことが要因なのだ。



聖女になる前のアビスはシシラと同じように『公爵令嬢』として生まれ育てられるはずだった。ただ、義母と父はアビスのことを溺愛していたとシシラは見ている。そんなアビスへの溺愛がより目立つようになったのは、アビスの魔力検査の時のこと。アビスの魔力が聖属性だということが判明したのだ。



魔力の属性において聖属性とは光属性の上位互換であり、発見されれば確実に聖女認定されることになる。当然、アビスはその様になった。



アビスが聖女に認定されてから両親の溺愛具合は酷くなり、何でもわがままを聞いた。そのせいかアビスの性格はとても我儘になった……というか確実に溺愛が原因だろう。聖女という特別な立場を自覚してからは姉や周りを見下すようになるまで時間はかからなかった。



アビスが溺愛される一方で、シシラは公爵家で立場が無かった。妹のアビスが聖属性に対してシシラの魔力属性は光属性。十分、希少な魔力属性なのだがシシラの魔力量の方が少なくいため、シシラが魔法で活躍する機会は無いとされ公爵家では蔑まされる立場になり、妹のアビスに面倒に思ったことを何でもかんでも押し付けるようになった。



アビスの学園の課題や与えられた聖女の仕事まで、仕事の殆どはシシラに丸投げされる状態だった。本来ならば許されることではないのだが、アビスが聖女だからということで、両親にも妹にも反論すれば折檻されるだけ。



シシラは理不尽な折檻を受けたときから、家族に愛を求めるのを諦めた。だからといって、婚約者に愛を求めたりはしない。シシラには公爵令嬢として王族の婚約者が決まっていたのだが、婚約者は聖女アビスの方が好ましかったらしく、アビスと堂々浮気されているのだ。。



「最悪な家……最悪な国に生まれた……自分の運命が呪わしいわ……」



シシラの精神は何もかも諦めてしまった。国単位で。ここから出ていきたいと思うほどに。



屋敷での仕事(本来はありえない)が終われば、シシラは徒歩これもありえないで学園に向かう。



「……皿洗いは終わり。学園に向かいます」



感情を無くしたような顔でシシラは学園に向かう準備を始める。そんな後ろ姿に、使用人の多くが掛ける言葉がなくても同情の視線を送るのだった。






学園に入ってからシシラはあからさまな冷たい視線を受けた。冷たい視線を与えるのはアビスに近しい生徒たちとアビスを贔屓する教師だ。教室に入る直前にシシラは、アビスを贔屓する教師に呼び止められる。



「シシラ嬢、ちょっと来てもらおうか」


「はい……」



シシラが連れてこられた先は学園長の部屋。勿論、学園長のガニバケが仏頂面で待ち構えていた。



「シシラ・アリゲイタ! 貴様、どういうつもりだ!」


「? 仰る意味がわかりませんが?」



学園長がいきなり怒鳴ってくるがシシラは分からないフリをする。すると、学園長は教師にあるまじき言葉を口にした。



「分からんのか! 今回の試験についてだ! 何故、妹君の筆記試験を入れ替えなかったのだ!?」



筆記試験の入れ替えとは、シシラとアビスの筆記試験の結果を入れ替えることだ。所謂、不正そのもの。入学当初からシシラたちの両親が学園長と決めていたことで、姉のシシラに入れ替えさせていた。



「それでしたら今回は無理でした」



シシラが何を言っても学園長は無茶苦茶な暴言を吐くだけだった。教師とはありえないほどに。





学園長の気が済んで解放されたのは、午前の授業の終わりごろ。学園長自身がヘトヘトになっているのにシシラは平然としているのは、これも慣れっこだからだ。



「シシラ、今解放されたのか?」


「シュバリア様……」



学園長の部屋から出たところで、シシラは同級生の青年に呼び止められた。彼は留学生の魔術師シュバリア・カイマ。この学園において数少ないシシラの味方と呼べる青年だ。



「ええ、いつもよりちょっと遅い程度ですね。まあ、大したことではありませんけど」


「何を言うんだ! 酷いじゃないか、こんなのは……」


「私の家の事情ですから」


「シシラ……!」



教師に理不尽な言葉を浴びせられたのだと察したシュバリアは憤るが、シシラは家の事情だと言って穏やかな笑顔を見せる。シシラなりの優しさなのだとシュバリアは思うのだが、それが逆にやるせなさを感じさせる。



「笑って誤魔化さないでくれ。今からでも学園長を訴えて……」


「それを一度してもこれなのですよ? 名ばかりの公爵令嬢など無力ですわ」


「なんて学園だ! シシラはこの国の王子の婚約者だと言うのに!」


「その王子様が私よりもアビスを望んでいるのです。いずれ私との婚約も白紙になるのでしょうね」


「そうだとしてもこれは酷すぎる!」


「アビスが聖女なのです。仕方ありません」


「シシラ……」



すっかり諦めたように笑うシシラのことをシュバリアは悔しく思う。そんな彼の様子に気づいたシシラはなんだか申し訳なく思って話題を変える。



「シュバリア様、午前中の授業に出れなかったので申し訳ないのですがノートを見せていただけないでしょうか?」


「も、勿論だ! ノートくらいいくらでも見せるさ! 一緒に勉強しようじゃないか!」



シシラからふった話題にシュバリアは食いついた。その後、二人は雑談を交えながら教室に向かって行った。



シシラが学園で他愛のない会話ができるのは、本当にシュバリアだけ。それだけでもシシラはシュバリアに感謝してもしきれない。シシラの中でシュバリアは大きな救いなのだ。


しかし、シシラは蔑ろにされても公爵令嬢であり、望んでいなくてもこの国の王子の婚約者だ。いつまでもシュバリアと一緒にいたいと思っても諦めるしかない。


だが、その諦めるしかない思いは妹のアビスの悪意によって実現することになる。





今日この日、めったに使われないはずの園内放送が流れ始める。



『私、王太子ユーム・ジュンメウキから緊急の知らせがある! 全校生徒は体育館に集まれ!』



園内放送を使っているのは、シシラの婚約者でもある王太子ユーム・ジュンメウキだった。園内放送を怒鳴りつけるような声で使う婚約者にシシラは嫌な予感がした。



「はぁ……」


「ああ、あの王太子か……」


「私は行きます……なんとなく理由は分かりますから」


「そうか、ならば俺も一緒に行こう……」



ため息を吐くシシラのことをシュバリアは気の毒に思う。王太子ユームは以前にも似たようなことがあって、しかもろくなことではなかったのだ。そんな前科があったため、今回もくだらないことだとシシラもシュバリアも思った。一部の生徒たちも似たようなことを思っているようで、学園は生徒も教師も騒がしくなった。



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