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聖女希譚  作者: 浮島
3/3

序章3


 大衆食堂に着いて、店内に入ると思った以上にガラガラだった。

外観も大きく店内も割と広いためもっと満員なのかと思いきやこの店の行く末が不安になるほどだった。


「着いて早々なんだけどこのお店大丈夫なの?」

「大丈夫ではないだろうな。ここの飯はなにを食ってもお世辞にも美味しくない。」

「じゃあなんでここに?!」

「代金がとにかく安いんだ。酒はどこでも同じ味だろ?」


そうニヤリと笑うエルにエレノアは苦笑するしかなかった。

席につき二人分のエールを頼むと愛想の良い女将が元気よくエールを持ってくる。


「あいお待ち!!」


こんなに気の良さそうな女将がいるのに店が繁盛しないとはますますわけがわからなくなった。


「とりあえず乾杯だ!この良き出会いに!」

「良き出会いに!」

『乾杯!!!』


二人とも一気にエールを飲み干した。


「結構いける口だね。そういえば聞き忘れていたけどアンタ名前は?」


自分で名乗るのをすっかり忘れていた。


「ごめんなさい。すっかり忘れてたわ。私はエレノア。西方大陸南方の小さな村から冒険者になるためにこの国に来たの。」

「冒険者になるためか。それじゃあ私と同じだね。私も今から始める仕事のために冒険者登録しなきゃならないもんでね。」

「仕事?冒険者じゃないの?」

「冒険者ではあるんだが欲しいのは冒険者資格なのさ。ほら、この世に点在するダンジョンに入るには冒険者資格だったりのなにかしらの資格が必要だろ?あたしはダンジョン専門の用心棒をやりたいのさ。」


冒険者としての未来しか見ていなかったエレノアにとって冒険者資格を持ちながら冒険者をしないという選択をする彼女が理解できないとともになぜかとても大人でかっこよく見えた。


「うまく言えないけれどなんかかっこいいわ。私は正直あまり冒険者になった後のことはよく考えてなかったから・・。」

「人生そんなもんさ。先のことを1から10まで考えて生きていけるわけじゃないよ。」


ぐいっとまたエールを飲み干すエルを見てエレノアもまたエールをいろんな感情とともに飲み干した。


「あたしも後先考えず突っ走って痛い目見たことなんて山ほどあるし痛い目見た経験が人を大きくさせてくれるもんだよ。」

「そういう物なのかしら・・まだよくわからないわ・・」

「今はわからなくて結構!必ずわかるときが来るものさ!」


軽快に笑うエルを見て自然と笑みが溢れる。少しだけ心が楽になった気がした。

エルは少し酔いが回って来ているようで次第に声が大きくなってきた。

その後もしばらく飲み続けて、エルはもう完全に出来上がっていた。


「んにゃぁ〜〜酒がうまいよぅ〜〜」

「さっきの大人な感じはどこに行ったのよ・・」


ベロベロのエルを見て少し引き笑いをするエレノア。


「エレノア〜〜あんたなんで・・ヒック・・全然酔ってないのよぅ・・。」

「私はなぜか自浄作用が勝手に働く体質らしくて多少の毒とかは効かないのよ。酒でも酔えないからかなり不便だわ。酒の味は好きだけどね。」


そう言って14杯目のエールを飲み干す。


「そんなことより私お腹すいちゃった。何か食べ物頼んでいい?」

「・・・・いいけど・・干し肉とかその辺にしとけよ・・」


なんで?せっかく店に来たのに干し肉なんてもったいないわ・・

そう思ったエレノアはこっそりと兎のシチューを頼んでおいた。


「あいおまちどう!」


どんとテーブルに置かれたシチューを見てエルがギョッとする。


「あんた・・これ頼んだのか・・・」

「お、お腹減っちゃったのよ!安心して!シチュー代は私が払うから!」


エルは店員に聞こえないようエレノアに耳打ちをする。


「違うんだよ!シチュー代くらい出してやるけどそういうことじゃなくて、ここの飯は全部ゲロまずなんだよ!」

「さっき聞いたわよ・・まあ味はあまり期待してないわ!腹に溜まればいいの!ほら!見た目は美味しそうだし!」


食べる気満々のエレノアを見てエルも止めるのを諦めた。


「まあこれも経験か・・・どうぞ召し上がれ。」

「いただきまーす!」


スプーンで掬って食べた瞬間。


「んっ・・うっ・・うぉぇ・・・・」


皿の中にそのままリバースしてしまった。

それを見てエルは大爆笑している。


「あはははははは!だから言ったろ?あーおかしい!」


ここまで酷い料理は初めてだ。

これは食材を冒涜しているとしか思えない。調味料、香辛料、料理手順全てが間違っているとしか思えない。


「シェフを呼んで!!!」


しばらくすると体格の良い中年の男性が現れた。


「何か?」

「何か?じゃないでしょ!なんなのこの料理は!」

「みてわからないか?シチューだ」

「そういうことじゃないわ!あまりに酷い味だってことよ!!」


オブラートに包みもせず本心をぶちまけてくるエレノアに対しシェフの男は嫌気がさしているようだった。


「・・・・はぁ・・嫌なら食うな。そういう反応は聞き慣れている。」


めんどくさそうにしつつも少しだけ悲しげな表情をしたシェフに多少の罪悪感を覚えたエレノアは意を決したように言った。


「この料理と同じものを今から私に作らせなさい!」


予想外の反応にシェフの男は意味がわからないといった反応だったがすぐ投げやりに好きにしろと言ってくれた。

ちなみにエルは酔っ払っているのと笑い疲れにより爆睡していた。


「厨房の中はかなり綺麗ね。」


シェフのこだわりなのだろうか使うものでも使わないものでも綺麗に整頓も掃除もされているようだった。

今思い返してみれば店先から店内も隅々まで掃除されていてとても不人気店には思えない。

この店に人が入らないのはただ食事がクソまずだから以外にありえない。

ならば食事の水準さえあげられれば繁盛店になることは間違いない。


「シェフ?お願いがあるの。」

「なんだ?」

「私が人並み以上の料理を作れたらここで雇ってくれない?」

「お前は冒険者か何かじゃないのか?協会からの依頼ででも金は稼げるだろう?」


グサリと言葉が刺さる。


「まだ冒険者じゃないの。冒険者になるまで食べていくために職が必要なのよ。」

「なるほどな。いいだろう。俺はともかく俺の妻に上手いと言わせられれば雇ってやる。」

「絶対雇わせてあげる!」


エレノアはすぐに調理に取り掛かった。

幼少から培った薬草の知識を駆使して香草として使えるものを手持ちから出し、テキパキと調理を進めて行く。

1時間半ほど経ったのち・・・。


「できたわ!」


皿に盛ったエレノアのシチューをみてシェフは女将さんを呼んできた。


「なんだい?あんたの料理なら食べないよ?」

「こいつが作った料理だ。食べて感想を言えばいい。」

「この嬢ちゃんの?なんで?」

「お前が食べて美味いと言えばここで雇ってやる約束をした。」

「相変わらず言葉が足らないね。よくわからないけど味見をしてあたしが判断しろってことね。まああんたは味覚音痴だから味見なんてできないから仕方ないね。」


(やっぱり味音痴だったのね・・・。)

(じゃあ女将さんが料理すればいいのに・・・・。)


「んじゃあいただくよ。」


そう言いエレノアの料理を一口食べた瞬間女将の目がカッと開き・・


「美味い!!!!」


そう言って皿に盛った分のシチューをあっという間に平らげてしまった。


「こんなに美味いシチューを食べたのは初めてだよ!ほら!あんたも食べてみな!」

「いや・・俺は・・。」

「いいから食べてみな!!」

「・・はい・・」


明確な上下関係が見えた気がした・・。

シェフもエレノアのシチューを一口食べてみるとワナワナと震えている・・。

もしかして口に合わなかったのだろうか・・とかそんなことを考えているといきなりシェフが土下座をし始めた!


「ここで働いてください!!!!」


エレノアがびっくりして呆気に取られているとシチューの匂いにつられてエルが起きてきた。


「なーんかこの店では嗅いだことないくらいいい匂いがするなぁ〜〜・・・・ってこれはどういう状況?」


エルから見れば中年男性が年若い少女に土下座をしている怪しい現場にしか見えないだろう。

エレノアは慌てて今までの経緯を説明する。


「なるほどねぇ・・確かに依頼を受けられるようになるまでは食っていく手段は必要だね。あたしは元々キャラバンとかの用心棒やってたし多少蓄えはあるけどそれでも冒険者になるまでは無職みたいなもんだからねぇ。」

「そうでしょ?正直宿代とか食費とかでかなり貯金を切り崩してるから火の車なのよ・・・。」

「それにしてもエレノアにこれほどの特技があったとはねぇ。ほんとに美味しいよこれ。」


エレノアのつくつた料理をエルはもぐもぐと頬張っている。


「お気に召したようでなによりだわ。それよりシェフ明日から働きにきてもいいのかしら。」

「もちろんだ。明日から厨房でその腕を振るってほしい。」


初対面の時の気難しい感じはどこかに消え、エレノアを本気で尊敬しているような眼差しに変わっていた。


(今までこの人以上のスキルを持った料理人とかいなかったのかしら・・・)


まあ雇ってもらえることに決まった以上あれこれ考えるだけ無駄だ。

今は素直にライフラインを確保したことを喜ぼう。

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