序章2
次の日の早朝、まだ街は寝静まっている時間にエレノアは鍛錬を開始する。
ランニングから始まり、腕立て、腹筋等の筋トレ、槍の素振りなど一通りこなした後毎日欠かさず行っている事がある。
それが1時間ほどの瞑想だ。
瞑想といっても無になるためにするわけではなく、身体の魔力を無理やり循環させるのだ。
これにより少しずつではあるが魔力の総量が増えるのだと故郷の母に教わり、物心つく頃から1日も欠かさずおこなってきた。
正直、槍術士を目指す自分にとってはあまり意味はないのだが幼少の頃からのライフワークになっているため、辞めることが出来ない日課の一つだ。
「よし!今日の日課終わり!昨日は死ぬほど凹んだけどやっぱりトレーニングはいいわね!小さいことなんてどうでも良くなるわ!」
人間気持ちの良い汗をかくと気持ちが前に向くものだ。
綺麗に絞られた肉体からは相当な努力が滲み出る。
まあそのおかげで胸もないのだが・・。
「でも冒険者にならないと依頼を受けられないからお金を稼げないのよね・・・。」
ギルドからも許可証を貰えない今お金を稼ぐ手段がなく、貯金を切り崩すより方法がなかった。
「貯金もあまりないし、格安の宿と言ってもいつまでもいられるわけではないし・・・・。」
少し考えた後、意を決したように言った。
「やはり冒険者として身を立てられるようになるまではその辺の店で働くしかなさそうね・・・。」
どんなに切羽詰まった状況でも金がなくては夢も追えない。
とりあえず宿の近くの大衆食堂で働けないかギルドに行った後大衆食堂に寄って聞いてみよう。
昨日ボコボコにされた手前行くのは気が引けたが行かないことにはなにも始まらない。
重い足を動かしギルドへ向かった。
ギルドにつくともうすでに訓練が始まっていて昨日バカにしてきた見習いたちも訓練に励んでいる。
訓練場に入りエレノアも訓練を開始しようとしたその時。
「なにしにきたんだ?」
ギルド長に声をかけられた。
「なにって訓練よ。早く冒険者になりたいの。」
「昨日無理だと伝えたはずだが?どうしても冒険者になりたいのなら他を当たった方がいい。お前がどんなスキルを持っているかは知らないが、持っているスキルと相談して職を決めた方がいい」
「残念だけど戦闘に使えそうなスキルは持ってないの。だから自分の力だけで冒険者になりたいのよ。」
辛辣な言葉を投げられているにも関わらず自信満々な態度で答えるエレノアにギルドの長も呆れてしまっているようだった。
「どうして槍術士なんだ?剣術でも弓術でも他にあるだろう。」
「別に槍術士になりたいわけじゃないわよ。ただ一番手に馴染んだのが槍ってだけ。」
「本当に呆れたな。勝手にしろ。ただ証明書は出さないし、他の訓練生にも迷惑はかけるなよ。」
「じゃあここで訓練してていいのね?」
難しい顔をしていたギルド長も嬉しそうな顔で見つめてくるエレノアに毒気を抜かれてしまったようでさっさと訓練生の指導に戻ってしまった。
ギルド長が離れたことをいいことに昨日嫌味を言ってきた見習いどもがニヤニヤしながら近づいてくる。
「おい!能無しがなにしにきたんだ?」
「また恥をかきにきたのか?」
「恥かかせてやろうか?」
嫌味しか言えないのかしらこのブサイク三兄弟は。
あまりの無礼さにアタマにくるが自分の鍛錬を邪魔されたくなかったため無視することに決めた。
「無視してんじゃねぇよ」
おもむろにエレノアのツインテールの片方をぐいっと引っ張ってきた。
「痛っ!」
「才能の無い女がくるところじゃねぇよ。」
「どうせ冒険者になんてなれやしないんだから売女にでもなって股でも開いてろよ。」
「俺の相手もしてくれよー。」
ヘラヘラと笑いながら罵倒してくるクズどもに限界だった。
もうこいつらは殺してしまおう。
本気でそう思った瞬間だった。
ドゴォッッ!!!
いきなりブサイク三兄弟がまとめて吹っ飛んだ。
何事かと振り返ると木でできた大型の槍を振り回す美女がそこにいた。
「男三人でこんな少女をいじめるなんて本当にダサい男達だね。だからいつまで経っても騎士団からも声が掛からない上にモテないんだよ。」
「あと口臭い。」
美女なのにかなり大型の槍を振り回し、それも男三人を吹っ飛ばせるほどの怪力でブサイク三兄弟を一瞬で圧倒してしまった。
ブサイク三兄弟は完全に失神しているようだった。
「あ・・・ありがとう。」
呆然としながらも礼を言うとその人はニコりと笑いこちらを見て言った。
「大丈夫かい?ギルドにはああいう気色の悪い奴らもいるから気をつけな。」
「私はエル。困ったことがあったらいつでも言いな。」
この国に来て初めて受ける優しさに思わず涙が出た。
するとエルは泣かれると思ってなかったのかあたふたとフォローを入れ始めた。
「ええええっと・・どうした?どこか怪我したのかい?それならすぐに医務室に・・・」
「いや、そうじゃないの・・この国に来てから優しくされたことないから・・・」
気丈に振舞っているとはいえまだ14歳の少女であることには変わりない。
そんなエレノアを見てエルが優しく頭を撫でてくれた。
「大丈夫。この国はあまりいい国ではないしクズもいっぱいいるけどクズしかいないわけではないよ。」
そう言って慰めているのか慰めになっていないのかよくわからない言葉に少しだけ救われた気がした。
「そうだ!今日の訓練が終わったら飲みにでも行こうか。お近づきの印に奢ってあげるよ。」
奢り。その言葉を聞いた瞬間一気に元気が出た。
「本当?!行きたい!」
「おお・・わかりやすく元気が出たね。それじゃあ訓練が終わり次第行こうか。」
クスリと笑うエルを見て少し図々しかったと反省する。
その後訓練を終え、一緒に大衆食堂に向かった。