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七.エピローグ

(今回はだめじゃったようじゃなぁ)


 異世界モニターを見ながらシュウは悲しそうな顔をした。登場人物はいったんリセットされるがしょうがない。また新しい話で一から作り直すとするか。ため息をついてモニターを消した。

 

      ※


「太郎、太郎や……」


 優しい声に太郎はそっと目を開けた。


(ここはどこだ?)


 ぼんやりとした空間。やっぱあれは夢だったのか。ほっと胸をなでおろした太郎は、ふと前方に立つ人影に気づいた。細長い顔。引き締まった体、長い手足。イカロスが微笑みながら立っていた。


「イカ……ロス。という事は俺は?」


 手足を見た。いつもの自分の姿。やっぱ、現世にもどれたんだ。うれしくなってうーんと背伸びをした。

 

「太郎、君は強い人間だ」


 突然のイカロスの言葉に太郎は眉をひそめた。

 

「俺が強い人間だって? そんなわけないじゃん。ガルヴァンにもまったく歯が立たなかったし。現世でもバスケの万年補欠で勉強もからっしきだめ。女の子にもモテない。まったく役に立たない、ダメ人間ってやつさ」


 はーとため息をついて太郎はうつむいた。あの悪夢は忘れよう。いつもの通り、俺は毎日を細々と暮らせればそれで満足だ。

 

「君は本当の自分にまだ気づいていないだけなんだよ」


 イカロスが優しく太郎に語り掛けた。

 

「本当の自分? 何、それ?」


 太郎は首を傾げた。そんなものがあるなら、さっさと教えてほしいぐらいだよ。あーっと気づいて太郎は声を上げた。

 

「そういや前に西本に言われたな。俺はジャンプ力があるって。でもあれって別に俺の能力じゃないよね。異世界の太郎の能力を受けついだだけでしょ? どうせなら君の能力を受け継ぎたかったなぁ。まあ、もうどうでもいいけどね。あー早く目覚めないかなあ、この夢」


 太郎はゴロンと寝転んだ。イカロスは何かを考え込むように黙り込んだ。

 

(太郎のこのマイナスの思考。どこか変だ。以前とは異なる。何かが邪魔をしている気がする。もしかして)


 イカロスは寝そべる太郎を優しく見つめた。必ず君はこの世界を救ってくれる。私はそれを信じている。ふっとイカロスは姿を消した。


      ※


「ええ、すいません。今度は必ず軌道に乗せますので。もうしばらくまってもらえませんか」


 頭をペコペコ下げたシュウは電話を切った後、大きくため息をついた。ついに訪れた第二章の絶版の連絡。次は何とかして売上を伸ばさにゃいかん。

 

 こんこん

 

 ノックの音に慌ててシュウは顔を上げた。誰がきた? 

 

「シュウさん、お久ぶりです。重要なお話があるという事で」


 ドアに立つイカロスにシュウは慌てた。そうだ、あの件を説明するつもりじゃった。


「まあ入れ」


 ソファに座ったイカロスに、シュウは心苦しい思いをしながらも絶版の件を説明した。

 

「ああ、そうなんですか。絶版ですか……それは残念です。私の力不足で申し訳ありませんでした」


「いやいや、お前の責任じゃない。まあ、運が無かったというか。もうちょっとコンセプトからしっかりと検討しておけばよかったんじゃが、わしの力不足で申し訳ない」


 少し黙り込んだイカロスが、意を決したように顔を上げた。

 

「これは私がどうこういう話でもないのですが、シュウさん。ちょっと休んだらどうですか?」


 突然の助言にシュウは目を丸くした。ワシに休めじゃって? イカロスが頭をかきながら続けた。

 

「現世の太郎の件なんですが……どうも以前と比べて様子が変なんです。すぐにあきらめるというか。確かにそういう傾向はあった子ではあるんですが。でも、心の芯はしっかりと強く持っていたと思うんです」


 イカロスの話す内容が理解できずにシュウは戸惑った。それが原因で今回の絶版が決まった。それを今更おかしかっただって? イカロスが意を決したようにシュウの目を見た。

 

「この異世界はシュウさんの編集の元で成り立っています。つまり、あなたの生き写しのようなものです。第一章を作られた時のあなたはとても輝いていました。ただのバスケットの枠に収まらない、ファンタジーと冒険のつまった心躍る小説。そして、その中で活躍するキャラクターもみな生き生きとしていました」


 シュウはぼんやりと当時を思い出した。確かにあの頃は楽しかった。毎晩、徹夜をしてもそれが苦にならないぐらいに充実していた。イカロスが悲しそうな顔をした。

 

「でも、今のあなたはどうですか? 売上、評価ばかりを気にして、本当に作品を作る事を楽しんでいますか? あなたの今の精神状態がその中で生きる人物にも影響を与えています。このままじゃ、第三章もうまくいきませんよ」


 思いがけない指摘にシュウは頭が真っ白になった。全て自分の焦りが生んだことだったのか……ぶるぶると拳を震わせた。だとすればワシはなんて罪深い事をしたんだ。

 

「大丈夫です。彼もわかっていました」


 優しく微笑えむイカロスの背後に立つ男にシュウは仰天した。

 

「誰も死んじゃいませんよ。私はそれほど馬鹿じゃありません」


 ニヤリと笑うガルヴァンが立っていた。じゃあ続きと行きますか。イカロスがにこりと笑って立ち上がった。


      ※


 はっと気づいた太郎はぼんやりと顔を上げた。

 

(俺は気を失っていたのか。誰かに会っていたような気がするが)


 ワ―キャーという声に慌てて立ち上がって周りを見回した。煙の中からガルヴァンが歩いてきている。

 

「あれは、お前の仲間だな。あいつらも道ずれにしてやる」


 なんだって? 太郎は焦った。こんな攻撃、あいつらが受けたらひとたまりもない。

 

「いくぞ。全力 地獄滅風(じごくめっぷう) 雷轟破滅(らいごうはめつ) トルネードダーンク!!」


 先ほどの数十倍もの竜巻がガルヴァンの体を覆った。無数の巨大な岩石が空中に浮かび上がった。


「やめろ!!」


 太郎は必死に叫んだ。だが、暴風に阻まれて近づくことすらできない。


 くそっ。太郎は拳を握り締めた。何が鳥人だ。何が第二章の主人公だ。現世でも異世界でも、俺はまったく役にたってないじゃないか。

 

「キャー」


 岩石が衝突した里奈が血を流して倒れこんだ。

 

「太郎、助けてーー」


 声を上げた辻が吹き飛ばされて気を失った。

 

「やめてくれ!! シュウ 聞いてるだろ!! 俺は第二章の主人公を降りる。こんなバカげたことは今すぐやめるんだ」


 シュウの姿がぼんやりと前に浮かび上がった。

 

「それはできん。残念だがこれはお前に課せられた使命だ。異世界と現世は表裏一体。お前はその役割を全うする義務がある」


 ばかな。太郎は唖然とシュウを見つめた。

 

「それと気をつけろ。こちらでの死は現世での死を意味する。死ぬ前に強制転送すれば命は助かるが、わしはそのつもりはない」

 

 冷徹な顔をするシュウに太郎は背筋が凍った。ワーという声に慌てて金網の外に目をやった。大量に血を流して倒れる者もいる。まずい、このままじゃ。

 

「さあ、どうする? このまま見殺しにするか? それともこの危機を乗り越えるか? 決めるのはお前だ。だが、忘れるな。お前は鳥人、伝説のイカロスだという事を」


 シュウの姿が消えた。


「まて、まってくれー!!」


 太郎は大きな声を出してその場にうずくまった。これは夢だ。目が覚めれば俺はいつもの通り家でのんびりと寝ているはずだ。早く目覚めてくれ!! 太郎は必死に祈った。ワ―キャーと聞こえる声に耳をふさいでうずくまった。


「……郎、……太郎、……太郎!!」


 顔を上げると伊賀が立っていた。

 

「お前どうしてここに?」

 

「きまってるだろ。僕は君の弟子だ。師匠を助けるのは弟子の役目だよ」

 

 いつものように伊賀は微笑んだ。太郎は心が熱くなるのを感じた。


(俺の馬鹿野郎。弟子の前でなにめそめそ言ってんだ)


 力を込めて立ち上がった。どんな困難が待っていようとも、俺は必ずそれを乗り越えてやる。それが、この俺。伝説の鳥人 イカロスの生きざまだ!!


「いくぞ、伊賀。俺の新技。ガルヴァンなんか、一瞬で吹き飛ばしてやる!!」


 力強い太郎に伊賀は安心したようにうなずいて差し出す手を握った。

 

「いくぜ!! ディメンショナル・スラーーーム!!」


 太郎と伊賀の周りが眩い光で覆われた。


 ピシッ!!


 わずかな閃光と共に空間が裂けて、渦巻くように二人は吸い込まれた。ガルヴァンは戸惑った。一体どこに消えやがった。

 

「ここだ!!」


 背後からの突然の声にガルヴァンは背筋が凍った。いったいどうやって?

 

「俺の新技。ディメンショナル・スラム。次元を超えて移動できる能力。終わりだ、ガルヴァン!!」


「くそったれー。まだだ!! 地獄滅風……」


「おそい。行くぜ、伊賀。せーの、エレメンタル・ドライブーーーからのアルティメット・ダーーーンク!!」


 輝くオーラで包まれた太郎と伊賀が飛び交う岩石を一斉にガルヴァンめがけて打ち込んだ。

 

「くあぁぁぁ!! 俺の負けだ、イカロスと太郎よ。今度こそ覚えてろよ!!」

 

 ふらふらになりながらガルヴァンは煙の中に消えていった。

 

「よっしゃー!! 俺は勝ったぞー!!」


 雄たけびを上げた太郎は、はっと気づいて金網の外を見た。皆が笑ってこちらを見ている。里奈も辻も大丈夫そうだ。よかった。だれも死んじゃいない。ふと視界が暗くなった。


(だめだ、意識が……)


 駆け付けた伊賀の胸の中で太郎は意識を失った。

 

      ※

      

「太郎、はよ、起きな―遅刻だよーー」


(げっやば、また寝過ごした)


「行ってきまーす」


 朝食も食べずに太郎は家を飛び出した。

 

      ※

      

(あー腹減った)


 バッシュの紐を結びながら太郎はぼんやりと夢を思い出した。異世界で俺はガルヴァンをついに倒した。ディメンショナル・スラム。あの不思議な技は俺がうみ出したものなのか。

 

 どん

 

 突然、背中を押されてびっくりして太郎は振り返った。

 

「あれー太郎、また遅刻だなぁ。まあモップかけは終わってっから、さっさとウォーミングしろよな」


 ニヤリとした西本が立っていた。

 

「おーい、西本。1オン1やろうぜ。太郎もすぐにこいよ!!」


 辻が体育館から声を上げた。里奈がきょろきょろしてしながら太郎に近づいてきた。

 

「おはよう、太郎。伊賀君はまだかなーー? あっ、きた!! おはよーー」


 少し遅れてきた伊賀に里奈がニコニコして手を振った。伊賀が遅刻とは珍しいな。太郎はぼんやりと伊賀を見つめた。

 

 ピーー

 

 笛の音に慌てて太郎は体育館に駆け込んだ。遅れて入ってきた伊賀はなぜか先生の隣に立った。


「えーと、今日は残念な連絡がある。伊賀が今日で最後になる。伊賀、みんなに挨拶を」


 えー、どういう事。なんで急に? ざわざわと全員が騒がしくなった。太郎は呆気にとられた、伊賀が最後? どういう事だ? 西本と辻が厳しい表情で立っている。突然の事に涙ぐみ里奈。うつむく伊賀が顔を上げた。

 

「母親の都合で、アメリカに戻る事になりました。短い間でしたが、皆さんと一緒にバスケができてとても充実した時間でした。特に……」


 伊賀が声に詰まった。ぐすん。誰かのすすり泣く声。西本、辻も目を真っ赤にしている。太郎は涙を必死にこらえた。


(あいつは元々アメリカの育成リーグで活躍すべきやつだ。いつまでもこんな弱小チームでくすぶってるやつじゃねぇ。だけど……)


 伊賀が顔を上げて続けた。

 

「特に、山下君、西本君、辻君、山西さん。彼らにはとてもお世話になりました。一緒に公園でプレーしたことは一生の思い出です。また日本には時々帰ってきます。その時はみんなと再びプレーできることを楽しみにしています」


 深々と頭を下げた。パチパチパチ。先生も涙を拭きながらも笑顔を浮かべた。


「さあ、今日の朝練が伊賀と最後の練習だ。みんな、しっかりと彼のプレーを目に焼き付けておくんだぞ」

 

      ※

      

 一時間目の始まる前に、伊賀が教室のみんなに別れの挨拶をした。涙ぐむ女子たち。男子たちも目を真っ赤にはらしていた。初めて伊賀と話した時を太郎は思い出した。西本の悪口をいった自分に驚いていた伊賀。この根っからのやさしさが、周りの人を引き付けるんだろうな。ぐすんと太郎も鼻をすすったが心の中でエールを送った。


(頑張れ、伊賀。俺もお前に負けねーぐらいに何かに打ち込めるものを見つけてやるぜ!!)

 

      ※


「ほんとうですか。それはよかった。ええ、すぐにイカロスに連絡します」


 電話をきったシュウは年甲斐もなく飛び跳ねて喜んだ。まさか第二章の再販が決まるとは。絶版が決まった後、読者からの予想外の反発に慌てた編集部が方針を変えた。まさかの展開にシュウは胸をほっとなでおろした。

 

「やはりわしの心次第じゃ。初心を忘れず、わしも精進しないとな」


 ぽつんと置かれた強制転送装置をぼんやりと眺めた。


(あんまりこれに頼りすぎるのもよくないかもしれん。ぽいぽいと人の人生をリセットするのは考えもんじゃな)


 ほっほっほ と笑って装置を持ち上げ部屋の隅に運んだ。

 

「よいしょっと」


 じりりりりー

 

 突然の電話に慌ててシュウは装置をコトンと手放した。また編集から電話か? 今度はなんじゃ? 慌てて電話口に向かった。

 

 ウィーン と装置から音が響き、小さなモニターに文字が浮かび上がった。

 

〝転送中……転送中……〟


~End~

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