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二.2オン2

「太郎ー、はよ、おきなー」


(げ、やばい。また遅刻だ)


 太郎はおにぎりを握ったまま家を飛び出した。

 

「うぃーす」


「おはよございまーっす」


 寝ぼけたまま、太郎はロッカールームに入って目を見張った。辻と西本が、にらみ合ったまま部屋の真ん中に立っていた。

 

「てめー西本。いい加減にしやがれ。あんなラフプレーばっかしやがって。伊賀に謝れ。おめーにバスケをやる資格はねぇぞ」


「うっせー、伊賀にニコニコと()びやがって。てめーにはプライドがねえんだよ。んなことだから、万年補欠なんだよ」


 辻の顔が真っ赤に染まりあがった。太郎は唖然(あぜん)とした。いくら何でも言いすぎだろ。

 

「もー勘弁ならねぇ。西本、俺と真剣勝負しろ。俺が勝ったらお前にはレギュラーを降りてもらう」


 ばかが。そんな事、勝手に決めれるわけねぇだろ。西本があきれてため息をついた。

 

「面白い、辻。やってみろ」


 背後の声に太郎は慌てて振り返った。ニコニコとする先生が立っていた。唖然とする西本の横を辻が意気揚々とボールをもって横切っていった。

 

「おはようござ……あれっ、太郎どうしたの」


 ロッカーに入ってきた伊賀が不安そうに太郎に尋ねた。えーーと、太郎はどう説明していいか迷って頭をかいた。

 

(お前の事が原因で険悪になったなんていえないよなー)

 

 目をぱちぱちする太郎に伊賀は眉をひそめた。

 

      ※


「うげっ」


 辻が西本を見上げて絶望の表情を浮かべた。10対0。完膚(かんぷ)なきまでにたたきのまされた辻は魂が抜けたように座り込んだ。まーそーなるわな。太郎は辻を哀れに見た。はーっと西本がため息をついた。

 

「満足か? 安心しろ、伊賀にはもうちょっかい出さねーよ。太郎にも約束したしな」


 こちらを見た西本に太郎はびくっとした。あの1オン1。俺は奇跡的に西本に勝った。ラフプレーはやめる。あの時の西本の言葉。俺の奇跡が伊賀を絶望から救いだした。

 

「まてー西本!! まだ勝負はおわっちゃいねー」


 辻が立ち上がって声を上げた。あぁ? 西本があきれて振り返った。

 

「言ってなかったが今のはウォーミングアップだ。次は2対2。こっからが本番だ」


 はあ? 2対2って誰とやんだよ。西本があきれかえった。そうだなー。辻がきょろきょろと周りを見回し、太郎で目を止めた。え……もしかして。太郎は嫌な予感がした。

 

「おめーは太郎と組め。俺は伊賀と組む。これで平等だろ。こっからが本当の勝負だ」


 なんだかおもしろくなってきたなー。先生は興味深そうに眼を輝かせた。


「それは受け入れられねぇ」


 西本が首を振った。辻がニヤニヤと口元を緩めた。

 

「あれー西本。お前、俺達を怖がってんじゃねーの?」


「ああ、そうだよ。おめーじゃねぇけどな。これは実質、俺と伊賀の勝負。こいつにはラフプレーでもしねぇと正直勝てねぇ。負けると分かっている勝負を受けるほど俺もばかじゃねぇよ」


 なんだそれ。辻が口を尖らせた。


「まあどうしてもってんなら、そうだな」


 西本が顎に手をかけて考えたあと、思いついたようにニヤリと笑みを浮かべて伊賀を見た。

 

「条件がある。伊賀、お前はシュートを打つな。これでどうだ?」


「馬鹿言うな。めちゃくちゃだぞ、それ」


 辻が(ほほ)を膨らませて反論した。


「どうせおめーの事だから、全部伊賀にやらせようって魂胆(こんたん)だろーが、バレバレだっつーの」


 えーっと、なにいってんのかなぁ? 辻がぴゅーと口笛を吹いて、きょろきょろした。

 

「別にいいよ」


 伊賀が涼しげに答えた。さすが伊賀君、頼りになる。辻がニコニコと伊賀の肩に手をやった。けっと西本はつぶやいて太郎を向いた。

 

「という事だ。せいぜい足をひっぱんなよ」


 太郎は唖然と伊賀を見た。シュートを打たない? そんな無茶苦茶な。


「おい太郎。聞いてんのか」


「西本、あまりにもひどくないか?」


「あぁ? これでもまだ手ぬるいほうだ。二人でも勝てるかどうか」


 西本の苦悩の眼差し。やはり伊賀はとんでもないやつなのか。太郎は冷や汗がじんわりと出た。


 ピーー


 先生が笛を吹いた。先攻は伊賀チーム。伊賀がハーフコート付近でボールを持った。その前には西本。辻には太郎がついた。太郎は緊張で胸が波打った。開始前、伊賀と辻は何やら話し込んでいた。一体、何を仕掛けてくるつもりだ。


 伊賀はゆっくりとドリブルを始めた。西本は伊賀のドライブを警戒している。太郎は辻を視界に収めながらも伊賀の状況を見守った。あの超高速のカットイン。いつ来るのか注意しないと。


(あれっ?)


 ふと太郎は視界から辻が消えたのに気付いて、慌てて見回した。どこ行った? 


 ビュー


 何かが顔の横を通過したのを感じて思わず座り込んだ。


 シュコーン


 シュートの音に慌てて振り返った。


「ナイスパス、伊賀。やったぜー、まずは二点だ」


 嬉しそうに手を叩く辻を太郎は呆然と見つめた。前を見ると西本が青白い顔でこちらを見ている。


「パス……こんなあっさりと。おい、西本」


 太郎は慌てて西本に駆け寄った。西本は悔しそうに拳を震わせていた。


「まさかあそこからパスをするとは。完全なノーモーション。しかも、スナップだけのノールックで。オメーにも非があるが俺も完全に裏をかかれた」


「どうすんだ」


「もうあの手は食わねえ。おめぇも辻から絶対に目を離すな」


 わかった。太郎は気を引き締めて辻の元に戻った。

 

 ピーー

 

 笛の音と共に二本目が始まった。西本は今度は打って変わって伊賀にタイトについた。

 

(ぜってーにパスはさせねえ)


 気迫のディフェンスに伊賀がわずかに下がった。ちらりと顔を上げてボールをわずかに後ろに引いた。

 

(パスか、させるか)


 手を伸ばして前に出た西本はすぐに後悔した。

 

 フェイクパス

 

 既に伊賀は西本を置き去りリングに向かっていた。太郎は慌てた。伊賀がこっちに迫ってくる。

 

「太郎、カバーはいらねぇ。お前は辻だけを見てろ!!」


 伊賀の後ろから西本が叫んだ。

 

(辻? そういやどこ行った)


 シュー

 

 再び耳元を通過する風を感じて太郎は首をすくめた。


 シュコーン

 

「やったぜ、これで四点。おれって天才かも」


 辻が嬉しそうにボールを高々と掲げた。くそっ。西本が悪態をついて太郎に怒鳴った。


「太郎。おめーは伊賀を守れ。俺が辻を見る。どうせ伊賀はシュートが打てねえ。辻にパスを通させなければいいだけだ」


「俺が伊賀を……絶体無理だろ、それは」


「おめーは何もするな、伊賀の隣につったてるだけでいい」


 俺の存在っていったい……呆然とする太郎を無視して西本は辻の元に近づいた。げっ、お前かよ。辻があからさまに嫌な顔をした。ふん、もう裏は取らせねぇ。

 

 ピーー

 

 開始の音と共に、西本は辻をびっちりとマンツーで抑えながら、ちらりと伊賀を見た。


(さぁどうする)

 

 うーん。伊賀は少し考えたように上を向いたが気を取り直したようにドリブルを始めた。


(俺が伊賀のディフェンスを?)


 太郎は腰が抜けそうになりながらも必死に構えた。右、左。伊賀のわずかな動きに惑わされながらも気持ちを奮い立たせた。あの夢を思い出せ。俺はこいつの師匠、イカロスかもしれないんだ!! ゆらり。大きく右に動いた伊賀に太郎は反応した。

 

(右か、いかせるか)


 中央に切れ込んだ伊賀を太郎は必死に追いかけた。あの超高速のドライブに俺は追いついている? やはり俺はイカロス?

 

「太郎、じゃまだどけ!!」


 どん

 

 突然ぶつかってきた西本に太郎は慌てて振り返った。なんでここにこいつが?

 

 シュコーン

 

「やったぜ。本日初のミドルシュート。俺って冴えてる--!!」


 辻が飛び跳ねて喜んだ。西本が唖然とつぶやいた。

 

「ばかな、太郎をつかったダブルスクリーンだと?」

 

 太郎も呆気にとられた。まさか俺はわざと伊賀に動かされていた? がっくりとうなだれる二人に辻が意気揚々と声をかけた。

 

「さー西本。負けを認めろ。お前も今日から補欠確定だな」

 

「バカヤロー。おめーはほとんど何もしてねーだろ。あんな、どフリーなシュート、はいって当然だ」


 なにー!? 頬を膨らます辻を、まあまあと先生がなだめた。

 

「辻も西本も落ち着け。1対1は西本の勝ち、2対2は辻の勝ちという事で引き分けでどうだ? それよりも大事な話がある。試合をやるぞ。相手は鬼塚中学だ」


 げっ鬼塚だって? ざわざわと全員が騒いだ。なんでまたあんな所と。まあまあと先生がなだめた。

 

「鬼塚中学は今年、有望な新人たちが入ったらしい。こっちも伊賀が加入して随分と攻撃力があがった。一度、対戦してみても面白いかと思ってな。というわけで西本には引き続きレギュラーをやってもらうぞ」

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