06.「まさかの出会いをする」
「ま、まさか……神無月!?」
間違いない。俺の目の前で倒れているのは、あの神無月秋葉だった。
彼女は草むらを押し倒すようにして、俺の目の前で無防備に横たわっている。
意識がないのか目は閉じたままで、長い黒髪が広がるように、少し乱れていた。
そして……彼女が身につけているのは、上下のビキニのみ。
その身体は、まるで今まさにプールから出てきたように、水にぐっしょりと濡れていた。
「こ、これは……!
まずは息をしてるか確認して、そして優しく心臓マッサージ、い、いや、すぐさま人工呼吸を……」
微妙に不謹慎なことを考えていると、神無月のふくよかな胸元が、ゆっくりと上下しているのに気づいた。
ちなみにそこに注目していたのは、息をしているか確かめるためであって、決してそれ以外の理由ではない。
「……う……ん……」
可愛い声色が聞こえた。
良かった、どうやら気がついたようだ。
「良かった、気がついたのか」
俺が彼女の顔を覗き込むと、神無月は目をこすりながら俺の顔を直視した。
「……???
えっ? 松嶋くん……?」
彼女は目を開けると、ゆっくりと身体を起こしていく。
ここがどこなのか、何が起こったのか、しっかりと自分の状況を把握できていないようだった。
だが、至近距離から見ても、目の前の女の子は神無月秋葉に間違いない。
俺は神無月が、あのプールで止まったまま、元の世界にいるのだと思いこんでいた。
だが、どういう理由かはわからないが、彼女もまたこのエランシアに連れて来られたようだ。
ひょっとしたら、彼女もあの不思議な声と話して、何かの取引をしたのかもしれない……。
「ああ、松嶋だよ。
でも、ホントに、無事で良かった……!」
俺がそう言って彼女の無事を喜ぶと、神無月もそれに釣られるようにして小さく微笑んだ。
「そう言えばわたし、プールで溺れて……。
……!? わ、わたし、なんて恰好……!?」
神無月は自分が水着姿のままなことに気づいて、大慌てで縮こまった。
そして、真っ赤な顔でキョロキョロと周囲を見渡して、何か身体を隠すものがないかと探している。
「あ、あはは……。
まあ、俺もここに来たときは、同じ状況だったよ」
俺は目のやり場に困りながら、神無月に声をかけた。
この場は草むらに囲まれているだけで、彼女が目当てとするような、身を隠すものは存在しない。
ん? 待てよ。草むらの中で神無月と二人きり。
そして相手は水着を着けているだけ。
……や、やばい。
一瞬、危険な妄想に取り憑かれてしまった。
「こ、ここって……プールじゃないのよね?」
わかっていながら俺も周囲を見渡すが、どう見てもこの場はプールには見えない。
「違う。
それどころか、全く別の世界に来てしまったらしい」
「別の……世界???」
「詳しいことは、後で説明する。
ひとまず、身につけられるものを調達してくるよ」
「ま、待って……!
松嶋くん……」
不安そうな神無月の瞳が俺を捉えている事実に、何だかグッときてしまう。
よくわからない場所に水着姿で放り出されて、一人にされてしまうのが不安でたまらないのだろう。
「大丈夫。すぐ戻ってくる。
神無月はこの草むらで、身を隠してて。
俺はここから見える場所にしか行かないから」
「……うん……」
彼女は何とか納得したようだが、表情は相変わらず不安そうだ。
俺は資産からワイルドボアの皮を一枚取り出すと、神無月にそれを手渡した。
「一時しのぎで申し訳ないけど、これを掛けておいて」
「あ、ありがとう。
……でも、今どこからこれを?」
「それも含めて後で説明するよ。
といっても、俺もここに来て、それほど時間が経ってないんだけど」
すると神無月は、ワイルドボアの皮に包まりながら、俺に向けて一つ頷いた。
「わかった。ここで待ってる。
でも……できるだけ早く帰ってきて」
……ち、ちくしょう。無意識なのかも知れないが、グッとくるセリフを連発するなよ!
思わず顔が、赤くなっちまったじゃないか。
俺は仕方なく顔を隠すようにくるりと背中を見せると、草むらから飛び出して、ラピッド・ラットのいる場所へと駆け出して行った。
◇ ◇ ◇
それから一〇分もしないうちに、俺は一揃えの衣服を手に入れた。
ラピッド・ラットからは、毛皮のベストとショートパンツ。
そしてフライング・ビートルからは、ビートルヘルメットだ。
こうして簡単に、欲しいものが手に入れられる。
それは、俺が持つアイテムドロップ率UPの効果なのだとは思う。
ただ正直なところ、その恩恵を強く実感しているかと言われると、そうでもなかったりする。
何しろ、この能力に関する比較対象がないからだ。
とはいえ、そんなことを考えるのは、今は後回しでいい。
取り敢えず俺は約束通りに、すぐさま神無月のところに戻ることにした。
「神無月、いるかい?」
俺が声をかけながら草むらをかき分けると、神無月は一瞬、ビクッとした反応を見せた。
だが、彼女は先程と同じように、草むらの中で腰掛けたままだ。
「……うん、大丈夫」
そう小さく言葉を返すと、俺の顔を見て、若干微笑んでくれる。
「これを着てくれ。
ひょっとしたら、サイズが大きいかもしれないけど……」
俺はそう言って、先程手に入れた毛皮のベストを差し出した。
「ありがとう。
……きゃっ!?」
「なっ!?
サ、サイズが……小さくなった!?」
神無月が毛皮のベストを掴んだ瞬間、一瞬光に包まれたベストが、一回り小さくなって神無月の手に収まったのだ。
「何だ、今のは……?
ひょっとして、所有者に応じて、勝手に装備のサイズが調整されるのか!?」
「ど、どういうこと?」
「取り敢えず、説明は後だ。一度、着てみてくれよ。
こっちにはショートパンツもある」
「う、うん……」
「ん? どうした?」
「ごめん、後ろを向いててくれる……?」
「あ、ああ! ゴメン!!」
俺はショートパンツとヘルメットを下に置くと、その場でくるりと背中を見せた。
ただ、よく考えれば、別に水着を脱ぐ訳でもないだろうから、後ろを向く必要があったのか……?
脱がなくても着替えるところは、見られたくないというオトメゴコロなのかもしれない。
「ん……あれ……これで何とか……」
「??? どうした?」
俺は神無月の声に反応して、思わず振り返った。
微妙に着替え中を期待したのだが、彼女はすっかり毛皮のベストとショートパンツを身に着けている。
「何かね……。
この前のところの紐が、ちょっとキツくて」
ふと見ると、神無月は手で隠すようにしていたが、毛皮のベストが不自然に盛り上がっていた。
どうやら彼女の胸元を収めるには、紐の長さが足らなかったようだ。
勝手にサイズ調整されたはずなのに、そこだけは規格外だったのか!?
しかも、無理に紐をとめようとしたせいで、彼女の胸元は、それはまるで縛られた高級ハムのように……。
ウホッ。
……こ、これは、はち切れんばかり♡ 何というご褒美!!
ん……??? あれ? ちょっと待てよ。
ひょっとして、俺が服を調達して来なかったら、神無月はしばらく水着のままだった……?
し、しまったぁぁぁぁぁ!!
何が「はち切れんばかり♡」だよ!
服を渡さなかったら、一番肌色が多い状態の神無月がもっと鑑賞できたじゃないか!
くぅぅ〜っ、しくじった……!
「松嶋くん、どうしたの……?
急にうずくまって頭を抱えて……」
「ちょっと待って。
今、俺は、人生最大の失敗を悔いているところだから」
「???」
ううう、嘆いたところで、もはや仕方がない。
「……ねえ、こ、これも被った方がいいの?
ちょっと抵抗があるんだけど」
神無月はビートルヘルメットを手にとって、俺の前に差し出した。
見ると彼女が持ったビートルヘルメットは、小さな角が二つ——つまり、いつの間にかカブトムシの雌仕様に変化している。
「……当然だ」
雌仕様という言葉が頭に浮かんだ瞬間、思わず力強く装着を勧めてしまった。
なぜだかわからない。でも「メス」という語感が、俺の魂を揺さぶっている。
「う〜……わかった」
不満げな表情になりながらも、神無月は観念してビートルヘルメットを被る。
これで俺と神無月は、見た目が完全にツガイ状態だ。
……何だろう? この充実感。
そして、まるで心が通い合ったかのような深い連帯感……!
「よ、よし、バッチリだ。
チョー満足した!!」
「満足……?」
「ななな何でもない!!
じゃあ、ひとまず俺がここに来てから、知ったことを説明するね」
「ありがとう、松嶋くん。
……ところで、桜ちゃんと黒川くんは……?」
俺はそれを聞いて、首を横に振った。
「残念ながら、会ってない。
というか、俺はここに来てから神無月と会ったのが初めてだ。
……いいや、違った。
俺はここに来てから一人だけ、エルフの女性と会った」
「エルフ……?
エルフって、あの耳の尖ったファンタジーの?」
「そう、あのエルフ。
嘘みたいだろ? ここは本当にファンタジーの世界なんだぜ……」
俺はそう言うと、ここまで体験したことを、神無月に順に語り始めた。