04.「ただ念じるだけでいい」
ちょうど一〇匹目のワイルドボアを仕留めると、俺は資産からジャイアント・ラットの肉を取り出して頬張った。
ヒュラナスの言葉通り、ナイフを武器に変えた俺はワイルドボアを倒せるようになった。
武器としては、木の棒からナイフに変わっただけのことだ。だが、武器の見た目以上に、攻撃力が随分と上がった気がする。
試しに再び木の棒でワイルドボアを倒せないかにチャレンジしてみたが、何度殴ってもワイルドボアは木の棒では倒せなかった。
ところが、ナイフを使えば数回の攻撃で、ワイルドボアを倒せてしまう。
ひょっとしたら装備の見た目や構造とは別に、装備そのものの『強さ』という概念が存在しているのかもしれない。
俺は落ちたワイルドボアの皮を拾うと、それを近くに置いた資産にしまった。
資産のポーチの口は、皮を飲み込むと赤く光り始める。
……先程から俺の資産は、もうこれ以上アイテムが入らない状態になっていた。
仕方なく俺は資産の中からジャイアント・ラットの肉を出して、それを頬張りながら、代わりに拾ったワイルドボアの皮を資産の中に収めていたのだ。
ただ、これも俺の満腹度合いと共に、限界が訪れる。
「はぁぁ〜。
猪肉じゃなかったのが、最大の誤算……」
勝手な希望でしかなかったが、ワイルドボアを倒せば猪肉が落ちると思っていたのだ。
だが、ワイルドボアが落としたアイテムは皮だった。
汚れのない綺麗な毛皮なので、これはこれで価値があるのだろう。
ただ、単なる皮ではどうしようもない。せいぜい、使えたとして腰巻き程度だ。
「————」
俺は周りを見渡すと、視界に自分以外の存在がないことを確認した。
人影はもちろんないのだが、先程倒したワイルドボアでこの近くにいた魔物も一掃されている。
何も存在しない静寂の中で、俺は一言ポツリと決心の言葉を吐いた。
「……よし、そろそろいいか」
俺は草花の覆い茂る中で、できるだけ身を伏せて、ゆっくりと目を閉じる。
確かに今ここで、絶対にそれをしなければならないという必然性はない。
だが、一度はこれが本当に発動するのかどうかを、確認しておくべきだと思った。
念じれば、空間に表示される——。
確かあの不思議な『声』は、そう言っていたはずだ。
俺はこの場に、誰もいないことを確認した上で、俺がこの世界で集めるべきモノを改めて確認しようとした。
すると——、
「——!! ななな何だ!?」
集めるべきアイテムを見たい——俺が、そう念じた瞬間。
俺の目の前に、凄まじい光量に包まれた『塊』が現れた。
俺はあまりの光の強さに驚いて、思わず目をギュッと閉じる。
そして、少し慣れた時を見計らって、薄っすらと目を開けてみると、光の中に一冊の本のようなものが存在しているのに気づいた。
その本は宙に浮いていて、パラパラとひとりでに開いていく。
俺が恐る恐る本を覗き込んで見ると、ページをめくる動きがピタリと止まった。
「……日本語?」
そのページに書かれた文字を見てみると、どうやら日本語で書かれたもののように見える。
そう言えば、プールの中で見た光る文字も、今思えば日本語だった。
「ヴァリトスの爪、エルミナス鉱石、ミオカンタの枝……」
いくつか読み上げて見るが、そこにある内容は、時間が止まった時に見たものと全く同じだ。
俺はその内容を確かめた後で、ふと本に手を伸ばしてみた。
すると、本はすっぽりと俺の手の中に収まって、特に何かが起こる気配もない。
「これは……資産に入れておいた方がいいのか?」
あいにく資産は肉と皮だらけだが、この本を入れるだけのスペースは作れるはずだ。
俺はその本をパタンと閉じると、口が赤く光る資産を取り出して、肉と皮を引っ張り出そうとした。
「……ん? あっ!?」
思わず声を上げてしまったが、閉じていた本が急に宙に浮いて消えてしまったのだ。
「消えた——。
……ま、まさか、もう二度と見られないというわけじゃないよな」
俺は恐る恐る再び念じてみる。
すると、先程と同じように、輝く光が現れて俺の目の前に一冊の本が出てきた。
それに手を伸ばして、本を閉じると——やはり、宙に浮いた本が空気に溶けるように消えていく。
「要するに本を閉じると片付けたことになる、ということだな」
俺は自分に言い聞かせるようにそう言うと、周囲を改めて確かめた。
一度目も二度目も、結構な明るさの光だった。
今がまだ太陽の出ている時間だから良かったが、これが夜中の出来事なら目立って仕方がない。
俺がこの本を見るのを、他の誰にも見られないようにするためには、この本を確かめる場所とタイミングをよくよく考えなければならないだろう。
今は見渡しても、俺の周囲には何もいなかった。
良かった。取り敢えずは、誰にも見つからずに済んだようだ。
……と、俺の用事が済むのを待っていたかのように、草花の陰から一匹の魔物がチョロチョロと這い出した。
見てみるとジャイアント・ラットに似ているが——ちょっとだけ、見た目が違うように感じる。
しかもジャイアント・ラットよりも小さく、少しだけ動きがすばしっこいようだ。
「ん? まさか、あれがラピッド・ラットなのか……?」
確かヒュラナスは、ラピッド・ラットが防具を落とすと言っていた気がする。
俺はそれを思い出すと、目の前で生まれたばかりの魔物を追って、全力で駆け出した。
◇ ◇ ◇
チュウ!……という大きな悲鳴を上げて、ラピッド・ラットは俺の足元に沈んだ。
すると、その身体の側にジャラリという音を立てて、いくつものコインが落ちたのがわかる。
だが、地面に落ちたのは、コインだけではない。
見慣れない毛皮のようなものが、その場に二つ、転がっていたのだ。
「よっしゃああああっ!
一発でキターーーー!!」
俺はその毛皮を手にとると、思わず大声を上げて、ガッツポーズを取った。
そしてイソイソと毛皮を身にまとい、自分の身体を見渡して、思わずニヤリとした笑みをこぼす。
似合っているか似合ってないかは、この際関係ない。
俺がパンイチでなくなったという事実が、非常に重要なのだ。
ラピッド・ラットを倒した俺は、ラットの毛皮で包まれた防具を手に入れた。
手に入ったのは、毛皮のベストと毛皮のパンツという、二つの防具だ。
毛皮のベストは、ベストというだけに当然袖なしのやつで、着るとまさにサバイバルな感じがするやつだ。
前の方を紐で止めるようになっているのだが、その紐もちゃんと付属した状態でラピッド・ラットから落ちた。
……ホントに、物理法則とやらはどこに行ったのだろう。それを考え出してしまうと、上手く出口が見つからない。
そもそも俺がこうしてここにいるのも、いろんな法則に則れば、ワケがわからないことになっているのだ。
だが、それを今考えても仕方がないのも事実。
そこに答えが見つかったところで、この状況がどうにかなるわけでもないだろう。
とにかく俺は、手に入れた毛皮のベストとパンツを、装備してみることにした。
パンツの方はいわゆるショートパンツで、履くと小学生のように見えて、多少なりとも気恥ずかしさがある。
だが、これまで俺はパンイチだった。
今更、羞恥心もクソもない。
装備すると、揃いの上下が妙に恰好いい気がする。まさに初期の冒険者な出で立ちに思えた。
「フライング・ビートルは……さすがにいないか」
こうなると、ヒュラナスが言っていたもう一方の魔物も、倒したくて仕方がなくなってくる。
自力で探すことも考えられるが、何となくパンイチでなくなった姿をヒュラナスに早く披露したいと思った。
……よし、フライング・ビートルがどこにいるのかを尋ねるのと併せて、一旦ヒュラナスの元へ戻ることにしよう。