02.「異世界で魔物と戦う。やっぱりパンツ一丁」
チュウ! ……と、ひときわ大きな声を上げて、ジャイアント・ラットが俺に向かって飛びかかってきた。
「うおっ!? 危ねえ!!」
俺はその飛びかかり攻撃を、反射的にひらりと避けた。
見た感じは若干かわいいと言えなくもない風貌だが、やたら飛び出た歯がちょっと怖い。
大きさは、小型犬ぐらいのサイズだろうか? これでも随分でかくて、近くで見ると躊躇する。
もちろん俺は動物を、棒で殴った経験はない。
そもそも生き物を殴って戦うというのは、心理的にかなりの抵抗がある。
だが、ここで戦わないと、俺がやられてしまうだけの話だ。
それにさっきの攻撃は、たまたま上手く避けられた。
でも、次も確実に、避けられるかどうかは分からない。
俺は、棒きれを両手で握り直すと、再びジャイアント・ラットが襲ってくるのを待った。
すると、巨大なネズミは、先ほどと同じように声を上げて飛びかかってくる。
先ほどと同じ間合い。そして直線的な動き。
俺はすれ違いざまに、ジャイアント・ラットを力いっぱい叩いた。
「!! キキキキ……」
ジャイアント・ラットはその場にバタリと倒れると、血を流したりすることもなく、空気に溶けるように消えていく。
大きさの割には、大した強さではないようだ。
すると、直後にカシャッという音がして、大きなネズミと入れ替わるように、何かが現れたのがわかった。
「何だ……?」
足元に落ちたものを確かめると、どうやら数枚のコインと肉片のようなもののようだ。
肉片といっても、殴って飛び散った肉片というわけではない。ちゃんと食べやすそうな大きさにカットされた、ステーキ肉のような綺麗な肉片だった。
ってか、元の世界では考えられないような、アイテムの出現の仕方だった。
物理法則とやらは、どこへ行ってしまったんだ。
「コイン……は、お金だろうな。
ありがたく、頂戴しておくことにしよう。
にしても、この肉は……」
美味そうな肉ではある。
しかし、ネズミが地面に落とした肉を、そのまま食うか……?
ちなみにコインをありがたく頂戴するといっても、俺はパンイチなのだった。
パンツの中に突っ込む以外に、物を持ち運べるスペースを持っていない。
取り敢えずパンツの中に突っ込むのもいいが、それだとナニとコインが喧嘩を始めてしまう。
しかも、お金を受け取る側からすれば、相手のパンツから出てきたコインを、絶対受け取りたいとは思わないだろう。
俺は扱いに困って、コインと肉をそのまま手で運んだ。
そして、何か聞けると思い、元の場所にいたヒュラナスに話しかけてみる。
「……ひょっとしてユキは、資産を持っていないのですか」
「何だい? その資産というのは?」
「資産はモノを携行するための道具です。
……いいでしょう。資産を授けます」
おお、相談して良かった。まさにヒュラナスさまさまだ。
ヒュラナスは両手を開くと、そこに浮き出てきた小さなポーチのようなものを俺に差し出した。
「これが資産?」
「そうです。
口を開けてアイテムを近づければ、アイテムが中へと吸い込まれます。
取り出すときは手を入れて、目的のアイテムを思い浮かべてください。
ただし私が与えることができるのは、最も初期の資産だけ。
中身はすぐに一杯になってしまうかもしれません。
そうなったら容量の大きい資産を、手に入れてください」
「その容量の大きい資産は、どこで手に入れたらいいんだ?」
すると、ヒュラナスは目を閉じたままで、とある方向をスッと指差した。
「この先に、フラリアという町があります。
そこには職人や商人がいて、高価な資産も販売されています。
無論、他にも武器や防具の取扱いもあります。
ですが、その町に到達するためにも、あなたはここで戦って強くならなければなりません」
なるほど……。最初の町に到達するのも、魔物を掻き分けてじゃないと無理だということか。
「ところで、この肉は資産の中に突っ込んでも大丈夫なのかな」
俺が拾った肉片を見せると、ヒュラナスはニッコリと微笑んだ。
「それはジャイアント・ラットの肉ですね。その肉は美味で、人間たちには人気があります。
ジャイアント・ラットを数十匹倒して、ようやく一つ得られる程度のものですから、フラリアの食堂などではそれなりの値段で買い取ってくれます。
肉は資産に入れておくと腐ることもありませんし、臭いが残るようなこともありません」
何と、この肉はレアアイテムだったのか。
それを一匹目で手に入れられたというのは、結構幸運だったのかもしれない。
しかしそれにしても、資産とは何という便利アイテムなのか。
俺はヒュラナスに教えてもらった通りに、コインとジャイアント・ラットの肉を資産の中に収めた。
重さは特に感じない。
……いや、ほんの少しだけポーチが重くなっただろうか?
「……あのさ、ヒュラナスさん。
頼ってばかりで申し訳ないんだけど、服とか防具とかって、もらうことはできないかな?」
ヒュラナスは俺の要望を聞くと、目を閉じたままで首を横に振った。
「申し訳ありませんが、私はユキに授けられる防具を持ち合わせていません」
俺はその答えを聞いて、改めてヒュラナスの全身を見回した。
……うん、そんなもの持ってたら、こんなスケスケの服一枚で、立ってたりしないですよね。
「そっか。ゴメン、厚かましいお願いだった。
何とかできないか、自分で考えてみるよ」
するとヒュラナスは微笑んで、俺に有用な情報をくれる。
「防具はこの近くだと、ラピッド・ラットと、フライング・ビートルという魔物が落とします。
ただし、防具のような価値のあるものを落とす確率は、決して高くありません。
とはいえ何匹もの魔物を倒していれば、きっと価値あるものを手にする機会に恵まれるはずです」
そうか。その入手方法があった。
素っ裸の期間がキツイけど、できるだけ多くの魔物を倒して、そいつらが落としたアイテムで装備を整えていく——。
それが決まれば話は早い。
俺はヒュラナスに暇を告げて、神殿から出ていこうとした。
「ユキ、待ってください。
あなたは装備が充実していませんから、敵に囲まれてしまえば一溜りもありません」
「そっか。
いや、そうだよな」
「この神殿の中の水場には、傷を癒やす効力があります。
神殿の外にいる魔物を引っ張って来て、この神殿の中で戦ってください。
そうすれば仮に傷を負ったとしても、回復することができます」
「そうなんだ。それはいいことを聞いた。
ヒュラナスさん、重ね重ね感謝するよ。
……ただ、この神殿の中で戦ったら、ヒュラナスさんに危害が及ぶかもしれない」
俺がそう言うとヒュラナスは、クスリと小さく笑った。
「ユキ、あなたが魔物を倒して、助けてくれれば問題はありません」
ひょっとしたら社交辞令なのかもしれないが、美人に頼られてイヤな気はしない。
「オッケー。そこは頼まれた。
ご期待に添えるよう、頑張って戦うよ」
俺はそう言いながら笑うと、神殿の外に見えたジャイアント・ラット目掛けて駆け出した。