間話「少女の秘密」
ユキたちが転移するちょっと前のおはなし…
帽子を目深に被った少女は、コソコソと周りの様子を窺った。
彼女がいるのは、大型ショッピングモール『エオン』の一角。
ここには最近、随分と数が少なくなってしまった大型の書店が入っているのだ。
少女は自分の近くに知人が存在していないことを確認すると、スルスルとまるで忍者のように、足音もさせずに書店の売り場に入っていった。
その彼女が周囲を警戒しながら、向かった先にあるものは――。
表紙に可愛い美少女のイラストが描かれた書籍で、埋め尽くされた売り場だった。
「こ……ここなら絶対……!」
思わず期待を込めて、声が漏れてしまう。
ハッとした少女は、自分の口に手を当てて塞いだ。
彼女はここに来るまでに、既に別の本屋さんを二件回っていた。
ただ、家から一番近い本屋さんには、敢えて足を運んでいない。
何しろ一番近い本屋さんの店員は、完全に顔見知りだったから。
それを考えれば、今探している本は、そこでは絶対買えない――。
少女は嘗めるように高速に、売り場に陳列される本を、視線でもって確認していった。
まずは、新発売の本が陳列される新刊棚。
……どうやらそこには、目的の本は置いていないようだ。
無理もない。彼女の探している本の出版レーベルは、ぶっちゃけて言うと、大手などとは口が裂けても言えない弱小レーベルだ。
そのレーベルの新作が、新刊棚に置いてあるのを、彼女は過去一度も見たことがない。
次は、書棚の前の平置きスペース。
そこに目的の本が置いてある可能性が、一番高いと思った。
弱小レーベルとはいえ、発売日近辺だけは平置きされることが多い。
逆にその発売日からある程度日数が過ぎてしまうと、一気に撤去されてしまって、見つける難易度が高くなってしまう。
それだけに彼女は、これ以上ない集中力で、目的の品物を探した。
だが、残念なことに、そこにも目的の本は存在しなかった。
まさか、この本屋にも置いていないのだろうか。
発行部数が少ないらしいという噂をネットで見掛けたが、こうなると本当に手に入るかどうかが怪しくなってくる――。
……と、彼女がそう思った瞬間、
「あっ……あった!!!!」
それは本が縦に並んでいる書棚に、なぜか横向きにして差し込まれていた一冊だった。
『人外勇者と魔女の国④』――。
……それは、少女がコッソリと応援しているお気に入りの作家が書いたライトノベルだった。
彼女が手にしたのが四巻目になるのだが、二巻以降、どんどんと入手が難しくなってきている。
どうやら小耳に挟んだ話では、売り上げがイマイチ芳しくないらしい。
それでも何とか続刊はされているものの、巻を追うごとに発行される部数が落ちているようなのだ。
だが、彼女はこの売れていない小説が、とても好きだった。
それをなぜ?と問われると、上手く言葉で表現するのが難しい。
でもこの本の中で繰り広げられる、自分が住む世界とは違う世界での冒険に、彼女は強く心惹かれた。
力強く賢くて、ちょっぴりエッチな主人公と、それを魔法でサポートする可愛いヒロインが活躍する物語。
現実にはあり得ないことだと思いながらも、そんな夢のようなお話に、憧れのようなものすら抱くことがあった。
ただ、彼女は自分のそんな趣味を、他の誰にも教えたことがない。
その理由は簡単。
単に、恥ずかしかったからだ。
とはいえ『人外勇者と魔女の国』が、女の子向けのライトノベルだったら、事情は少し違っていたのかもしれない。
本当に仲の良い友達にだけ、自分はこんな本が好きなんだと、打ち明けていたかもしれないのだ。
でも、『人外勇者と魔女の国』は、ライトノベルの中でも男の子向けの本だった。
表紙には自分よりも胸の大きな女性が描かれているし、中にはちょっとエッチなサービスシーンなんかもあったりする。
それもあって彼女は、『ライトノベルが好き』という趣味を、誰にも知られないように隠していた。
彼女は左右を見回し、誰も見ていないことを確認すると、目的の本を手に取った上で、その表紙を裏向けに伏せた。
そして、そそくさとそのブツを、表に向けないようにしてレジまでスムーズに運んでいく。
すると中年女性の店員が、あまり興味が無さそうに、少女の手から本を受け取った。
「カバー掛けますか?」
「は……はひッ」
その返事を聞いて思わず店員が、クスクス笑いながら少女の顔を見た。
話し掛けられると思っていなかったせいで、思わず裏返った声が出てしまったのだ。
彼女は耳まで赤くすると、俯きながらお金を払って、袋に収められた本を受け取った。
――誰にも見られなかっただろうか?
少女は再びキョロキョロと、辺りを警戒し始める。
そして購入した本を胸に抱えて、早足で書店を立ち去ろうとした。
その時――。
「イテッ!」
「……きゃっ!?」
ドスンという鈍い音がして、思わず彼女は尻餅をついた。
大事に持っていたはずの本も、弾みで床に落としてしまっている。
どうやら書店に入って来ようとしていた男と、すれ違いざまに肩をぶつけてしまったのだ。
「す、すみません……」
彼女は帽子を被ったままペコペコと頭を下げた。
そして、そのままその場を立ち去ろうと、床に落ちた本を拾い上げようとする。
「……おい、ちょっと待てよ。
ぶつかっておいて、帽子も取らねーのか」
そうして呼び止められた瞬間、彼女の顔は一気に青ざめた。
◇ ◇ ◇
その日、松嶋幸は不本意にも外出を迫られていた。
何しろ待ちに待った、ライトノベルの新刊の発売日だったのである。
とはいえ、普段はそれでも家から外へ出ることはしない。
なぜなら今どき欲しいものは、ネットで注文してしまえば、翌日には手元に届いてしまうのだから。
無論、家族に中身を知られたくない買い物をする時は、受け取りに注意が必要になる側面もあるが……。
だが、そんな彼もネットで手に入りにくいものだけは、直接お店に足を運んで手に入れざるを得ない。
何しろ彼が今回ネット注文をしなかったのは、このライトノベルの前巻をネット注文した時に、発売日から大幅に遅れて手元に届いた経験則からである。要するに、アノザマとかコノザマとか言われるやつだ。
「あ~、面倒くさい……。
けどまあ、仕方ないか」
彼は早めに観念のセリフを吐くと、仕方なく着替えて最寄りのショッピングモールへと自転車で向かった。
ユキの家から自転車で一〇分ほど離れたところに、大型ショッピングモールの『エオン』がある。
ここには近辺で一番品揃えが充実した書店が入っていた。
彼は書店に到達すると、目的のライトノベル売り場に真っ直ぐ向かった。
新刊や話題の作品が並ぶ棚には、全く目もくれない。そもそも彼が目的とする本は、そんな場所に陳列されないのを知っているからだ。
「…………。
あれ……な、ない!?」
あるはずの場所で目的の本が見つからずに、ユキは思わず焦りの声を上げた。
ここに来る前に書店のホームページを見て、在庫の確認も済ませてあるはずだった。
なのに、目的の本は見つからない。これでは完全に無駄足だ。
そもそも、その本を予約しておけば良かったのかもしれないが、ここの書店は予約するために、一度書店にまで足を運ばなければならない。
極力家から出たくない彼としては、予約のためだけに書店まで来るなんてことはあり得なかった。
自分以外にあのライトノベルを買っているやつなんていないだろう――そんな風に高をくくっていたのが、思わぬ油断だったのかもしれない。
「……おい、ちょっと待てよ。
ぶつかっておいて、帽子も取らねーのか」
「ん?」
怒気を孕んだ声色に釣られて、ユキは声のした方向を窺い見た。
どうやら何かトラブルがあったのか、書店の外で男女が言い争いをしているようだ。
よく見ると帽子を目深に被った女の子が、わかりやすく悪ぶってそうな男に絡まれているようだった。
「こりゃあ、面倒臭そうだ……」
ユキは見て見ぬ振りをして、その場を立ち去ろうとする。
と、その時、怒った男が足下にあった何かの袋を蹴飛ばした。
すると、その袋が滑るようにして、ちょうどユキの足下で止まる。
「ん? ……あああっ!! これ!!」
破れた袋から顔を覗かせていたのは、ユキが目的にしていたライトノベル、『人外勇者と魔女の国』の新刊だったのだ。
「見つけた! ……い、いや、待て。
今この本を蹴りやがったな……!」
ユキがそうして男を睨みつけたのと、男が嫌がる女の子の腕を掴んだのがほぼ同時だった。
「や、やめてください……!」
「うるあああああああああ!!」
「ぐあっ!! な、何だ!?」
ユキは悪ぶってる男の尻に、渾身のヤ○ザキックをお見舞いする。
すると男はヘッドスライディングでもするかのように無様にコケて、思わぬ横やりに焦った声を上げた。
「て、てめえ! 何しやがる!!」
「それは俺のセリフだ。
貴様、さっき何を蹴りやがった」
「んあ? つまんねー本を蹴っただけだろうが!
……ぐあっ! な、何しやがる!?」
ユキは思わず起き上がってこようとした男に、真正面から頭突きを喰らわせていた。
「おい、俺を侮らない方がいいぞ。何しろ格闘家・朝○未来の動画はすべて見ている」
「あ、朝○……ふざけるなよ、アイツ格闘なんかほとんどやってねーだろッ!!」
そう言って男が起き上がりかけた瞬間、ユキは全く別の方向へ振り返った。
「げっ……やばいぞ! け、警察だ!!」
「!!」
ユキが慌ててその場から立ち去る構えを見せると、男もそれに釣られて、若干蹌踉めきながらユキとは別の方向へ駆けていく。
ユキはすぐ近くの柱の陰に隠れながら、男が去って行く様子を窺った。
男は……どうやらそのままどこかへ行ってしまったようだ。
それを確認してユキは小さくつぶやく。
「馬鹿め。ショッピングモールの中に、都合良く警察がいるかよ」
「いやあ、危ないところだった……あれ?」
元の場に戻ってみると、すでに女の子の姿はない。
「お、お~い……。『助けてもらってありがとうございますぅ、お礼に……』って展開は?」
「ん……? そういや、さっきのって……」
チラッと見えたあの横顔は、どこかで見たことがあるように思えた。
ただ、最近クラス替えがあったばかりで、全員の顔をまだしっかりと覚えきれていない。
とはいえ可愛い女の子は、チェック済みのはずだった。
その記憶の中に、先ほどの女の子に似た顔があったような気がする。
「う~ん。
でもまあ、それは無いか……」
ユキは一瞬、頭の中に浮かんだ顔と名前を打ち消すように、小さく笑った。
彼の頭の中に一瞬浮かんだ顔と名前。
その女の子の名は、確か――
――『神無月』と言った。




