第九十八話:魔女の帰還
「なんであんたが真ん中なんだよ…」
車に乗り込むと、何故か珠玉が真ん中で、その左右にひよりと菜摘というおかしな配置ができあがっていた。
「叡智。今はいくつだ?」
菜摘の疑問には答えず、珠玉がひよりに問いかける。
「16歳…で、す。」
背筋がピンと伸びる。開闢に見せられた記憶と同じで、やはりこの人はただ者じゃない。
使い慣れない敬語がカタコトになる。
「確かに、まだ幼いな」
ひよりには目もくれず、次に菜摘へ視線を移した。
「流石に世間体がある。あと2年は待て」
「まだ見合いの話引きずってんのかあんた。引っぱたくぞ」
「なんだ、違うのか。」
残念そうに言う珠玉。しかし次の瞬間、何かひらめいたようで、帰りの車内は妙に上機嫌だった。
「智秋はいるか?」
帰宅して早々、珠玉が双子の兄を呼ぶ。その声に大型犬のように走り寄る智秋の姿。菜摘は横でチッと舌打ちをした。
「兄様、どうされました?」
目を輝かせ、尻尾でも振りそうな勢いで駆け寄る智秋。すぐ後ろには智春もついてきた。
「兄様、おかえりなさい。コートをお預かりします」
智春はやはりデキる弟なのだろう。兄に自然と近づき、コートを受け取る。
「叡智はどうだ。愛らしい容姿に純粋な性格。そして、強い」
周囲が固まる。「どう、とは…?」と智春の口元が引きつる。
「兄様、お言葉ですが…」
「もう、やめとけって…」
智春と菜摘が同時に呆れ顔を向ける。意味を理解した二人の、声に宿る諦観。
「こんな童顔女のどこがいいんですか。スタイルも幼児体型。魔法は使えても頭は空っぽ。教団フクロウのセカンドシーズン始めればいいんで…」
「「殺すぞ」」
一瞬で菜摘のナイフが智秋の喉元に突き付けられる。さらに、気配すらなく背後から智秋の背中に剣を突き立てる硝子。
和哉と隼人は遠くで「またか…」と頭を抱える。
「殺してみろよ」
智秋も一歩も引かず挑発。その無謀さに、もうこの三人を止められる者はいない。
「そこまでだ。わざわざ貶す必要もないだろう。すまなかったな」
珠玉がポンポンとひよりの頭を撫で、場はようやく収まった。あっけない終わりだが、この場だけの話。智秋は兄に謝らせたひよりへの嫌悪を内心に募らせる。
珠玉が仕事へ戻ると、智春が苦笑いを浮かべた。
「魔女様、ごめんな。兄様って結婚願望強いんだよ。魔女という立場で、この国の一・二を争う組織の長だから結婚できずじまいでさ。せめて、俺ら兄弟には結婚してほしいって、よく言うんだ」
菜摘も嫌そうな顔で頷く。
「おい、ブス。表出ろ」
再び争いの火種を投げる智秋。
「「お前が出ろ、ブラコン」」
息ぴったりの菜摘と硝子に、智秋の矛先が変わる。三人仲良く外に消えていった。
「…なんていうか、菜摘って昔はああじゃなかったんだけどな。まぁ、俺ら兄弟の中で生きるなら、今のほうがいいか」
智春も溜息混じりにそう言い残し、その場を去った。
「ひより様!」
人がはけたタイミングで、和哉と隼人が駆け寄る。
「それ、なに?」
ひよりが指差したのは隼人の車椅子。想定していた質問に、隼人は一瞬言葉を詰まらせる。
「え、えっと…」
珠玉に凍らされ、体温低下の後遺症で少し歩いただけで倦怠感と動悸が襲う——
そんな理由、ひよりに伝えられるわけがない。伝えれば、彼女はまた無謀な行動に出る。
「戦いで少し足をひねってしまって。ちょっと大げさに乗ってるだけです。大丈夫ですよ」
情けない表情を浮かべつつも、心配してくれるひよりが嬉しかった。
「いたいのいたいの、とんでけ」
しゃがみ込み、隼人の足元をさすりながら呟くひより。
「病院で、看護師さんがちっちゃい子にしてた」
その姿に、自然と笑みがこぼれる。常識はまだ足りない。だが、素直に色々吸収しようとするひよりは眩しいほどだった。
「ひより様も、いたいのいたいの、とんでけーですね!」
「いたいのいたいの、とんでけー!」
和哉がひよりの腕に触れないように真似してみせ、隼人も続く。
パッと明るく笑うひより。
ほんの少しの間だが、彼女を見てきたから分かる。自分がしてほしいことを、他人にしてあげる癖がある。それを知っているからこそ——この姿が、たまらなく愛おしく見えるのだ。




