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孤城のアトリエ  作者: 伊織
第四章:偽りの輝き
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第九十八話:魔女の帰還

「なんであんたが真ん中なんだよ…」


 車に乗り込むと、何故か珠玉が真ん中で、その左右にひよりと菜摘というおかしな配置ができあがっていた。


「叡智。今はいくつだ?」


 菜摘の疑問には答えず、珠玉がひよりに問いかける。


「16歳…で、す。」


 背筋がピンと伸びる。開闢に見せられた記憶と同じで、やはりこの人はただ者じゃない。

 使い慣れない敬語がカタコトになる。


「確かに、まだ幼いな」


 ひよりには目もくれず、次に菜摘へ視線を移した。


「流石に世間体がある。あと2年は待て」


「まだ見合いの話引きずってんのかあんた。引っぱたくぞ」


「なんだ、違うのか。」


 残念そうに言う珠玉。しかし次の瞬間、何かひらめいたようで、帰りの車内は妙に上機嫌だった。


「智秋はいるか?」


 帰宅して早々、珠玉が双子の兄を呼ぶ。その声に大型犬のように走り寄る智秋の姿。菜摘は横でチッと舌打ちをした。


「兄様、どうされました?」


 目を輝かせ、尻尾でも振りそうな勢いで駆け寄る智秋。すぐ後ろには智春もついてきた。


「兄様、おかえりなさい。コートをお預かりします」


 智春はやはりデキる弟なのだろう。兄に自然と近づき、コートを受け取る。


「叡智はどうだ。愛らしい容姿に純粋な性格。そして、強い」


 周囲が固まる。「どう、とは…?」と智春の口元が引きつる。


「兄様、お言葉ですが…」


「もう、やめとけって…」


 智春と菜摘が同時に呆れ顔を向ける。意味を理解した二人の、声に宿る諦観。


「こんな童顔女のどこがいいんですか。スタイルも幼児体型。魔法は使えても頭は空っぽ。教団フクロウのセカンドシーズン始めればいいんで…」


「「殺すぞ」」


 一瞬で菜摘のナイフが智秋の喉元に突き付けられる。さらに、気配すらなく背後から智秋の背中に剣を突き立てる硝子。

 和哉と隼人は遠くで「またか…」と頭を抱える。


「殺してみろよ」


 智秋も一歩も引かず挑発。その無謀さに、もうこの三人を止められる者はいない。


「そこまでだ。わざわざ貶す必要もないだろう。すまなかったな」


 珠玉がポンポンとひよりの頭を撫で、場はようやく収まった。あっけない終わりだが、この場だけの話。智秋は兄に謝らせたひよりへの嫌悪を内心に募らせる。


 珠玉が仕事へ戻ると、智春が苦笑いを浮かべた。


「魔女様、ごめんな。兄様って結婚願望強いんだよ。魔女という立場で、この国の一・二を争う組織の長だから結婚できずじまいでさ。せめて、俺ら兄弟には結婚してほしいって、よく言うんだ」


 菜摘も嫌そうな顔で頷く。


「おい、ブス。表出ろ」


 再び争いの火種を投げる智秋。


「「お前が出ろ、ブラコン」」


 息ぴったりの菜摘と硝子に、智秋の矛先が変わる。三人仲良く外に消えていった。


「…なんていうか、菜摘って昔はああじゃなかったんだけどな。まぁ、俺ら兄弟の中で生きるなら、今のほうがいいか」


 智春も溜息混じりにそう言い残し、その場を去った。


「ひより様!」


 人がはけたタイミングで、和哉と隼人が駆け寄る。


「それ、なに?」


 ひよりが指差したのは隼人の車椅子。想定していた質問に、隼人は一瞬言葉を詰まらせる。


「え、えっと…」


 珠玉に凍らされ、体温低下の後遺症で少し歩いただけで倦怠感と動悸が襲う——

 そんな理由、ひよりに伝えられるわけがない。伝えれば、彼女はまた無謀な行動に出る。


「戦いで少し足をひねってしまって。ちょっと大げさに乗ってるだけです。大丈夫ですよ」


 情けない表情を浮かべつつも、心配してくれるひよりが嬉しかった。


「いたいのいたいの、とんでけ」


 しゃがみ込み、隼人の足元をさすりながら呟くひより。


「病院で、看護師さんがちっちゃい子にしてた」


 その姿に、自然と笑みがこぼれる。常識はまだ足りない。だが、素直に色々吸収しようとするひよりは眩しいほどだった。


「ひより様も、いたいのいたいの、とんでけーですね!」


「いたいのいたいの、とんでけー!」


 和哉がひよりの腕に触れないように真似してみせ、隼人も続く。


 パッと明るく笑うひより。


 ほんの少しの間だが、彼女を見てきたから分かる。自分がしてほしいことを、他人にしてあげる癖がある。それを知っているからこそ——この姿が、たまらなく愛おしく見えるのだ。

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