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孤城のアトリエ  作者: 伊織
第四章:偽りの輝き
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第九十七話:退院

「菜摘様…これを…」


 甚大な被害を出した仙台の第四聖教会は封鎖。死者は300人以上、怪我人は700人以上。行方不明者の捜索も難航していた。無理もない。軍部や警察をまとめる信仰統制局は陥落し、長は行方不明、重役は殺害され再起不能。

 時を同じくして襲撃を受けた第一聖教会もまた陥落。長は孤高に連れ去られ、医療スタッフも職場復帰には時間を要する。そして何より、魔女同士の争いの跡故に誰もが現場に足を運ぶことを恐れていた。


「直哉…。これって、開闢…?」


 動画サイトに投稿されたのは、短い動画。気を失っている直哉と、同じく血まみれで倒れる開闢の姿が映っていた。


「っ!!そんなの見るな!今は心も体も、ちゃんと休め!」


 智春は和哉の携帯を素早く取り上げた。


「あ、それから。お宅の魔女様、意識戻ったって。兄様が午後にでも第一聖教会に迎えに行くって。怪我、結構酷いみたいだから行かない方がいいとは思うけど。一応行くか聞きに来た」


 現在、叡智の魔女関係者は珠玉の屋敷にいた。生き延びた人々の殆どは珠玉が所有するホテルで療養中。


「俺が行く。和哉、お前は残れ。」


「え、でも…」


 意識が戻ったということは、まだ直哉のことも奏人のことも、他の面々の怪我の情報も何も知らない。ひよりはきっと酷く取り乱し、泣くだろう。そんな時に和哉も一緒になって泣けば、余計にひよりを不安にさせる。

 その懸念に、和哉も気づいた。渋々頷くしかなかった。


「魔女は、嫌いじゃなかったのか?」


 ひよりを迎えに行く車中で、珠玉がぽつりと呟いた。

 魔女嫌いの自身が、なぜ叡智の魔女の従者をしているのか——皮肉めいた言葉だった。


「魔女じゃない」


 菜摘は窓の外を見つめ、淡々と続けた。


「まだ、迷うことの多い子供だ」


 珠玉は目を細め、興味深そうに菜摘を見たが、やがて視線を逸らした。


「タイガー!迎えに来てくれたの!?うれしー!」


「貴方はまだ寝ていなさい」


 非常事態により、焼失した第一聖教会は近隣の病院二つに機能を移していた。そのうち一つに珠玉が姿を見せると、院内は緊張に包まれる。


「やだよ。叡智ちゃん今日退院でしょ?私も帰る!」


「貴方の家はうちじゃないでしょう」


「いいじゃん!」


 紅玉の大騒ぎに、張り詰めていた空気がわずかに緩んだ。


「菜摘さん」


 紅玉の背中からひょっこり顔を出したひより。


「怪我してない」


 幼い微笑みに、菜摘も頬が緩む。


「ひよりは、随分と頑張ったな」


 しかし、頑なに背後に隠す腕が、痛々しい。話には聞いていた。

『暫くは絶対に魔法を使うな』と。

 皮膚はただれ、腫れ上がり、手を握ることすらできない。もし無理に魔法を使えば、二度と腕も手も動かなくなる——その現実に、菜摘の胸は締め付けられる。


「もっと頑張らないといけない」


 首を横に振るひより。その小さな背に、さらに重いものを背負わせる環境が、ただ罪深く感じられた。


「叡智ちゃん、話したよね?」


 ひよりが俯くと、紅玉が頷き前を向いた。


「紅玉さんが退院したら、紅玉さんのところで稽古してもらうの」


「稽古だと!?炎を使わせるなと釘を刺されたばかりで…馬鹿ですか貴方は」


 呆れ果てた珠玉が即座に遮る。


「稽古って、魔法だけじゃないでしょ。体術もダメダメ、パンピーの中で生きていく常識もゼロ。自販機で飲み物も買えなかったんだよ?お金の計算もできないし」


「タイガーも()()()()()()()でしょ?」


 紅玉の追撃に、珠玉は口を閉ざした。痛いところを突かれたとばかりに。


 ひよりは恥ずかしそうにまた俯いた。その頭を、菜摘は優しく撫でる。


「教えられていないことは、できなくて当たり前だ。無理はするな」


 その言葉に、ひよりの目が少し潤んだ。


 二人の様子に、紅玉と珠玉が硬直。


「デキてんの?マジ?犯罪ピーポー?」


「見合いの手間が省けるな」


 第一声がこれなのだから、菜摘が冷ややかな視線を送ったのも無理はない。


「待ってって!タイガ〜!私も退院するって!!」


「お待ちください紅玉様!」

「傷が開きます!傷が開きますから!!」

「本来は病室から出る許可も出してません!!」


 病院を出るとき、紅玉は大暴れ。病院スタッフ総出で止めに入った。もちろん騒動の結果、傷が開き、退院は予定よりも1ヶ月延びた。



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