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孤城のアトリエ  作者: 伊織
第三章:革命の兆し
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第九十五話:皇帝の宝

 電話越しに聞こえた冬樹の声。その瞬間、和哉と紅玉は同時に走り出した。

 タイミングは完璧だった。直哉と珠玉が互いに距離を取り、一瞬の静寂が訪れたその隙。

 孤高もこの瞬間を狙っていたのか、物陰から姿を現そうと足を踏み出しかけていた。


「お返しだ、女狐!!」


 孤高の視線が珠玉へ移った一瞬の隙に、紅玉が全魔力を叩き込んだ火拳を振り抜く。

 轟音と共に孤高の体が吹き飛び、建物の柱にめり込んだ。


「いい加減に、しろ!!」


 同様に、突然現れた紅玉と孤高の姿に動揺した直哉を、和哉が渾身の一撃で殴り飛ばす。

 気絶寸前の直哉を担ぎ上げ、素早く珠玉へと手を伸ばした。


「珠玉様、停戦です!!孤高が出ました!」


 智春の言葉どおり、全てを孤高が来る前に終わらせようとしていたのだ。疲労困憊のはずの珠玉が、和哉の手をしっかりと掴む。


「…停戦、承諾だ」


 その言葉を確認すると、和哉は力いっぱい風を纏い、一気に駆け出した。


「だめだこりゃ。力入んない…」


 最初から珠玉のターゲッティングは解除するつもりだった。

 付き合いの長い冬樹には分かっていた。珠玉と直哉が和哉によって連れ出されれば、孤高の標的は次に紅玉へ移る。


 気は進まないが、この作戦を最初に言い出した紅玉自身が、それを覚悟していた。


「あ〜、起き上がっちゃいます?」


 全力の一撃で吹き飛ばされた孤高が、ズルリと柱から這い出す。

「やっぱりか」とでも言うように、紅玉は引きつった笑顔で天を仰いだ。


(皇帝)の宝物…守ったよ…」


 死を覚悟しながらも、その表情は曇らない。

 全てやり切った、そう言いたげに、孤高に微笑みかける。


悠久ノ跫音(ゆうきゅうきょうおん)


「一発目っ!!」


 突然、孤高の背後に現れた直哉の姿に、紅玉は目を見開いた。


「だめだこりゃ。(皇帝)の宝物はそう簡単には守らせてくれないらしい…。本当に、仕事を増やすのが好きだ…」


 孤高を殴り飛ばす直哉の姿を見て、紅玉は心底おかしそうに、そして嬉しそうに笑った。


「冬樹さん、俺に標的!!」


「えぇ!? う、うん!!」


 どういう訳か、智春や菜摘の姿もあった。

 冬樹の魔法で孤高を錯乱させ、智春の影の魔法で紅玉を回収。

 さらに、距離を取った菜摘にターゲッティングを向ける。


 その隙に智春は紅玉を横抱きにして全速力で離脱した。


「この歳になって2度目のお姫様抱っこは…堪えるね…」


「そんなこと言ってる場合ですか!!」


 直哉と菜摘は交互に孤高の標的にされ、そのたびに孤高の視線がズレる。

 だが、確実に直哉達の攻撃は効いていた。


「錯乱切るよ!!」


 冬樹が悲鳴のように叫ぶ。

 自身がもはや精神的に耐えきれなかった。

 悠久ノ跫音は、四方八方からの気配や足音、視線を感じさせる精神攻撃。

 集中を乱し錯乱させるが、長時間は持たない。


 それは完全な消耗戦だった。

 全員のギリギリの体力がどこまで持つか。それまでに孤高を倒すしかない。


「っ!!」


 直哉が炎を込めて孤高を殴りつけたとき、その顔が一瞬チラリと見えた。

 酷く歪んだ笑み。心底おかしそうに笑っている。


「は、」


 一向に使う気配を見せなかった、紅玉を切り裂いた大斧が空を舞う。

 その軌道を見て、直哉が鼻で笑いかけた。


 だが、斧の標的は直哉ではなかった。


「誰がァ、直哉ちゃんをォ狙ってるってェ?」


 ケタケタと笑う孤高に、直哉と冬樹の背筋が凍る。


「菜摘、騙されるな!!」


 直哉の声で、菜摘は一瞬で悟る。

 動揺を誘う虚言——だが、もう遅かった。


「お眠りィ」


「カハッ!!」


 強烈な拳が菜摘の腹部をえぐり、体力の限界を超えた菜摘はモロに攻撃を受けて気を失った。


「古い時代のォゴミ掃除もォしなきゃァ…」


 その言葉の直後、轟音が響いた。

 大斧を投げた方角からだ。


「何がしたいんだよ、お前は…」


 直哉が低く問う。

 冬樹は震える手を押さえ、息を詰める。


「新しいィ皇帝をォ、摘まなきゃァ。キャヒッキャヒッ」


 新たな皇帝の“芽”ではなく、新しい皇帝——。

 それが指すのは間違いなかった。


「既に…次の柊くんが…誕生してる? 一体、誰が…」


「分からないから、疑わしい人間を全部消すつもりなんだろ」


 直哉の言葉に、冬樹の顔色が変わる。


 叡智の魔女とその従者——

 彼らはまだ若く、幼さも残る。とてもじゃないが皇帝とその側近達のレベルには遠い。

 だが、異様な輝きを放ち始めた星が二つあった。


 凍りついた心が溶け、見違えるように変わったひより。

 突如として現れた奏人。

 そして菜摘、和哉、春馬…。

 同世代の従者たちにも、確実に芽生えつつあるカリスマがあった。


「あの、斧が飛んでいった先は…」


 眠ったままの奏人は、既に智春によって他の避難民と共に移送されていた。

 同じ場所には春馬、隼人、珠玉、和哉がいた。


「そうだァ、これあげるゥ」


 孤高が投げてきたのは、真っ白な絹のような糸。

 恐る恐る手に取ると、その手触りで分かった。


()()()()()()のだよォ」



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