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孤城のアトリエ  作者: 伊織
第三章:革命の兆し
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第九十四話:決めた覚悟

「うへぇー。年寄りはもう隠居したいもんだ…何回目よ、これ。」


 珠玉と直哉がぶつかるたび、周囲へは甚大な被害が広がる。 高温の水の粒に耐えきれず、床が次々と抜け落ちていく。

 紅玉の防御も完璧ではなかった。各地に散る人間全員を守ることなど不可能で、守りきれず死んでいった者もいる。


「2階避難完了!!最後に1階に…!」


『和哉、諦めろ!!1階はもう無理だ!建物が傾いてる!崩れるぞ!!』


 電話越しの智春は、肩で大きく息をしながら叫んだ。魔法の酷使で、すでに疲労困憊の様子がありありと伝わる。

 それは和哉も同じ。かれこれ1時間以上、全員が限界を超えて魔法をフル稼働させていた。

 特に紅玉の防御は時間を追うごとに数も精度も落ち、崩壊が目前だった。


「行きます」


 それでも、和哉は決して諦める気はなかった。その瞳に宿るのは迷いではなく、鋭い覚悟だった。

 そんな和哉を横目で見ていた紅玉が、おかしくてたまらないといった様子で笑い転げる。


「懐っ!!16年前のなおやんそっくり!!()()()()()()()()()()()()がするね。」


 紅玉は「最後まで付き合うよ」と、軽やかに立ち上がる。

 自慢のスカジャンを脱ぎ捨て、長い茶髪にボッと炎を灯した。


「はーっ!スッキリした。髪しばらく切ってなくて鬱陶しかったんだよねー」


 軽くストレッチをし、腕をぐるりと回して手を差し伸べる。

 その手を見た和哉は、不意に思い知った。

 心動かされる、この圧倒的な存在感に。

 兄と同じ——努力では埋められない、人を魅了するカリスマという天性の才を持つ者。かつて皇帝が神の存在をも脅かした理由が、今はっきりと理解できた。

 鳥肌が立つのを自覚しながらも、和哉は拳を握った。


『和哉、逃げろ!!』


 電話越しの智春の声とほぼ同時、轟音と共にその場が吹き飛んだ。


「っ!!今のは…!?」


 咄嗟に衝撃に備えてしゃがみ込む和哉。

 だが、柔らかな感覚に気づき目を見開く。


「こ、紅玉様、すみません!!」


「いいよ。君、直で炎に触ったら死ぬよ。動かないで」


 気づけば、炎の玉に守られた和哉は紅玉の上に倒れ込んでいた。


「今ので、1階の人はみんな死んだんじゃないかな」


 紅玉のその言葉に、和哉の背筋を悪寒が走る。


「逃げろ、坊っちゃん!!」


 次の瞬間、紅玉は和哉を炎の玉の中から蹴り出した。

 突然の出来事に抗う間もなく、和哉の体は瓦礫の中、2階の高さから外へと放り出される。

 もう魔法を振り絞る力すら残っていなかった。


「菜摘っ!!」


「分かってるっ!!」


 遠くにいた菜摘が全力で駆け出す。俊敏な動きには自信がある菜摘ですら、間に合うかどうかは分からない。

 智春がすかさず菜摘の影を拡張した。


「あ、ありがとう…ございました…。」


 間一髪、和哉は菜摘の影の中へ落下し無傷で済んだ。

 菜摘は生きた心地がせず、荒い息を繰り返す。


「二人とも、早く!!」


 遠くから春馬が叫ぶ。

 その声に導かれるように視線を向けると、力なく地面に落下していく紅玉の姿があった。


「紅玉…様…?」


 真っ黒なローブをまとった何者かの攻撃。

 大きな斧。背中に輝く黄金の天秤——孤高だ。


「孤高だ…!!」


 智春が叫ぶ。

 次の瞬間、避難していた人々を巨大な影が覆った。


「意地でも、生き残るっ!!」


 智春の脳裏に、()()()()()()()()()()()()()の姿がよぎった。

 人々を影で包みながら、全速力で走る。


「和哉!食いしばれ!!」


「はいっ!!」


 智春のその言葉を聞けばお互いが逆方向に飛び出す。


 もう限界を超えてなお、魔法を絞り出す。

 あんなに助けてくれた紅玉を、見捨てて帰れるはずがなかった。

 それこそ、ひよりに怒られてしまう。

 そう決意し、全力で風を纏い走る。


「この年になって…お姫様抱っことは…笑っちゃうね…」


 紅玉を回収し、智春たちの後を追う。

 腹部からの出血は酷いが、まだ笑えるだけの気力は残っていた。


「まんまとやられた…私達が疲弊するのを待ってたんだ、あの狐ババア…」


 逃げる面々には目もくれず、黒いローブの孤高は珠玉と直哉の戦いをじっと見据えていた。


「紅玉様…」


「坊っちゃん。さっきの言葉、本気だった…?」


 無茶だと言われながらも、「行く」と言い切ったあの瞬間を思い出す。


「本気です」


 その言葉に、紅玉はニヤリと笑った。


「みんな、逃げるのに必死で気づいてない。今なら、行っても誰も止められないよ」


 腹を括る和哉。無理だと分かっていても、役に立てる保証がなくても——行きたい。


「多分、建物のあの辺り。被害ほとんど無くて綺麗でしょ?ゆったんが隠れてるよ」


 紅玉に言われた通り、被害の少ない建物へ向かう。


「やっぴ。ゆったん老けたね」


「は?紅玉様!?その怪我…」


 ぐったりとする紅玉を前に、冬樹は悟った。

 孤高がついに動き出したのだと。


「なおやん狙いは間違いない。ゆったんは魔法でタイガーにターゲッティング。孤高が珠玉に夢中になってる間に私がぶん殴る。坊っちゃんはなおやんをぶん殴って連れて逃げて」


 そう言う紅玉に、冬樹は頭痛を訴え頭を押さえた。


「タイガーって…誰っすか…。坊っちゃんは…和哉くん?」


「タイガーはタイガーだよ。珠玉!!」


 紅玉の無茶ぶりに、和哉も思わず苦笑した。


「みんな、彼のために命かけに来たんだよね?」


 落ち着いた口調でそう言い、紅玉は腹部の傷を自らの炎で焼いて止血。

 ゆっくりと立ち上がり、二人を見据えた。


「勝ちに行こうぜ」


 紅玉が拳を突き出す。

 和哉も冬樹も、ためらいのない笑みを浮かべて拳を合わせた。


 それを最後に、それぞれが珠玉、そして孤高の見える位置まで移動する。


『魅せるよ』

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