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孤城のアトリエ  作者: 伊織
第三章:革命の兆し
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第九十話:炎の龍

「チッ!! 隼人、操作できるか!?」


 菜摘が苛立ちを押し殺し、冷たい空気に震えながら問う。せめて凍る速度を遅らせられないかと、必死に藁にもすがる思いだった。


「大きければ大きいほど操りやすいですけど、こんなピンポイントで対象を絞るなんて…無理です!! 今やってますけど、遅くもなりません!!」


魔法なんて、ひよりが暴走したときの大きな炎しか鎮めてきたことがなかった。繊細な操作とは無縁。魔法を鍛えたことすらない隼人には無理だと思われた。


「こっちなら…いけるか…」


 突然、隼人が何か思いついたように体を曲げ、凍りつく春馬の足元に手を置く。


「っ!! 離せ!! 手を離せって!!」


 春馬は暴れようとするが、右腕はすでになく、足は地面に張り付いたまま。抵抗などたかが知れていた。


「直で触れば…自分に移すことくらいはできる。菜摘様、裕馬を行かせましょう!!」


「だから裕馬じゃない!!」


 隼人が春馬にかけられた氷の魔法すべてを自分へ移す。移し終えた頃には、彼の腰丈までが氷に閉ざされていた。


「春馬、先に行け!!」


 菜摘が叫ぶ。自身の体を蝕んでいく氷は、膝丈に届かないが、寒さで体は震えていた。


「置いていけるわけ…」


 死ぬ覚悟などとうにできている。だが、それは“自分”の話。家族や友人が死ぬ覚悟など、持てるはずもなかった。

 一人なら、このまま走っていたかもしれない。菜摘のナイフで氷柱を登ったかもしれない。だが、春馬の視線は隼人と菜摘を交互に行き来していた。


「お困りじゃーん!」


 すると場違いなほど明るい声が響く。


「んーと。叡智ちゃんの仲間は手ーあげてー」


 茶髪に真っ赤な瞳。真紅の龍が描かれたスカジャン姿の女――。

 息を呑む二人の中で、唯一その姿を知る菜摘が震える声で名を呼ぶ。


「紅玉…様…」


「おお、()()()()の弟いんじゃん!兄貴に氷漬けにされてんのウケるね。写真撮っていい?…ってもう撮ってるけど」


 カシャカシャとフラッシュ付きでシャッター音が鳴る。


「俺と、そっちの黒髪短髪がひよりの仲間。長髪の方は直哉の仲間です」


 菜摘が簡潔に説明すると、紅玉は「おっけー」と軽い返事で降りてきて、春馬の方へ向かう。


「そんなずぶ濡れで凍えてたら風邪ひくしね」


「頑張れよ、若いの」


 パンパンと力強く背中を叩く。その瞬間、ブォッと春馬の体が炎に包まれ、寒さによる震えが消えた。


「タイガー、相変わらず容赦ねぇー。私あの子可愛いと思うけど、冷たいからなおやん贔屓しちゃうわ」


 続けて菜摘の背中もパンパンと叩き、同じように炎が彼を包む。凍っていた足元が自由になった。


「弟も可愛いなオイ」


「ほんじゃーの。私なおやん姫連れ去り隊だから、さっさと行く」


 紅玉は軽やかに去ろうとした。


「待ってください!まだ隼人が――」


 菜摘の声に、紅玉は小さく首を傾げ考える。


「タイガーの弟の氷が溶けたのは、タイガーなりに手加減して魔法が甘かったから。けど、なおやんの従者なんて生かす理由もないだろうし。兄貴が庇ってくれて良かったじゃん。無理に溶かそうとしたら、焼け死ぬよ。その子」


 衝撃に、菜摘と春馬は息を呑む。


「ごめんよー。叡智ちゃんなら多分、溶かせるんだろうね。あの子の炎、かなり()()だから。()()の墓標でごめんって手でも合わせてやんなー」


 それだけ言い残し、紅玉は本当に行ってしまった。なす術もなく、隼人の体は氷の中に閉ざされていった。


「はしご。はしご持ってきた!!」


 氷柱の外から仲間が投げ入れたはしごを使い、菜摘と春馬は何とか登ることができた。だが、隼人は凍ったまま動かせない。


「ひより、電話かけても応答ねえ…」


 繋がらぬ電話に苛立ち、菜摘は奥歯を噛みしめた。


「置いていくぞ。春馬」


 決断は一瞬だった。ここに留まっても何もできないと悟ったからだ。


「っ…」


 それでも春馬は頷けなかった。隼人をまだ“兄”だと思う心が胸を締め付ける。



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