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孤城のアトリエ  作者: 伊織
第三章:革命の兆し
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第八十八話:凍てつく戦場

「放心してる場合か! 立てるか!?」


 駅側の西玄関口。辺り一面は、凍てつく氷に閉ざされていた。冷気が肌を刺し、吐く息さえ白い。


「兄さん…」


 春馬の長い髪が、横たわる隼人の顔にかかる。最前線で孤軍奮闘していた春馬の元に、菜摘と隼人が合流したのは、ほんの30分前の出来事だった。


「女子供をいたぶる趣味はない。引かぬというのなら、一瞬で終わらせよう。」


 駅側からゆっくりと歩いてくる珠玉。その姿は威圧感そのものだった。


「生憎、背は低いし化粧もしていますが…男なので問題ないでしょう。」


 春馬は、魔女最強の一角――何より「魔法を使わせたら右に出る者はいない」とまで言われる珠玉を前に、一歩も退かなかった。


「春馬様…」

「春馬様、ここは我々が!」


 だが、その背に控える仲間たちは違った。勝機のない戦いだと悟っているのか、春馬が前線に立つことに困惑の色を浮かべていた。


「例えここで倒れようと、必ず意志は紡がれる。1分1秒でも平和と平等が続くなら…だから、あの人に生きてほしい」


「貴方方も同じでしょう?」


 凛とした声が響く。その言葉に、人々の視線が変わった。拳が握られ、突き上がる。恐怖の中に火が灯る。


「行きます」


 春馬が珠玉に向かって一歩踏み出す。続くように、仲間たちも駆け出した。


「ここにも不穏な因子が一人…。次なる皇帝となりゆる。早々に摘むべきだ。」


 珠玉の革靴が冷たい地面を打つ。


 カツン、カツン――

 冷たい音が規則的に響くたび、春馬の心臓が締め付けられる。


 カツン、カツン――

 氷柱が次々と立ち上がり、春馬は仲間たちと分断された。


「癒しの魔女が魔法を使うとき、声を発したことはあるか?」


 突如として投げかけられた問いに、春馬は目を見開き、氷柱ギリギリまで距離を取る。


「答えは否。魔法を使い慣れた者ほど、息をするように使う。息をするのに気張ったり、叫んだりはしないだろう?」


 淡々と告げる珠玉の声。春馬の背に冷たい汗が流れる。嫌な予感に駆られ、その場を跳び退った瞬間、そこに氷柱が突き刺さった。


「使い慣れてなお、魔法に名をつけ唱える変わり者(開闢)もいるが、それは戦略だ」


 珠玉が再び歩を進める。春馬は走り出した。足音の数だけ現れる氷柱――そこに何か仕掛けがあると確信し、注意深く観察する。


「春馬様!!」

「ご無事ですか!?」


 外の仲間たちには影響はない様子。

(俺が少しでも時間を稼げば、外の皆も…!)


 春馬は必死に氷柱の迷路を駆け抜けた。


「なら、これはどうだ」


 珠玉の声と同時に、空間に水の粒が現れた。


「クッ…!」


 目にも留まらぬ速さで飛ぶ水弾が、春馬の右肩に直撃。


「打撲程度だ。だが次はない。降参するなら今のうちだ。楽に殺してやろう」


 珠玉の冷酷な声。それに対し、春馬は血を滲ませながらも恐ろしく美しい笑みを浮かべる。


「悶え苦しんで死ねるなら、それは誇りです――!」


 走る足は止まらない。珠玉は降参の気配を見せぬ春馬に、もうよいと言いたげに指を鳴らした。


「言っただろう?」


 春馬は分かっていた。その瞬間、懐から刀を抜く。


「敵ながら、見事だ」


 春馬は自らの右腕を切り落とした。すると落ちた腕は瞬時に凍りつく。


「ッ…がッ…!」


 想像を絶する激痛。歯を食いしばり、血が口の端から溢れる。それでも、足は止まらなかった。


「だが、残念だ。」


 カツン――その音と同時に春馬の足が止まった。

 左太ももに氷柱が突き刺さっている。


「言ったはずだ。音を立てるのは作戦だと。足音に気を取られれば、リズムを外した攻撃には対応できない」


 珠玉の声は、もはや春馬の耳に届いていない。痛みに喘ぎ、血に染まった呼吸を繰り返しながらも、必死に氷柱を抜こうと足を震わせる。


(意地でも…逃げる。時間を稼ぐ…あの人(直哉様)は…馬鹿じゃない。きっと逃げてくれているはずだ)


「期待はするな。あの男(癒し)(癒し)は逃げないぞ。そういう男だ。」



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