第八十七話:家族の定義
「幼馴染同士の戦いだなんて…聞いてなかった。」
それどころか、自身の兄の交友関係すら、ろくに分かっていなかった。
(…それも当然か)
自分たち家族の話を周りにしないのと同様に、兄からも自分や冬樹の話しか聞いたことがなかった。どこまでも秘密主義。それは身内だろうと他人だろうと、分け隔てなく徹底されていた。
ブーッ、ブーッ――
ポケットで携帯が激しく振動する。そんな振動音で、和哉は我に返った。
『和哉、直哉のとこ急いでくれ!!珠玉がそっち行った!!』
その声に、胸がぎゅっと締め付けられた。
直哉の元へ向かっているのは、直哉の幼馴染で、かつて親しい人だったはずの人物。しかし、双方が自身の目的のためなら絶対に引かないだろう。
(本質は同じ…我が強い。だからこそ他者に舵を取らせないし、取らせたくもない。戦いは…避けられない)
『和哉?』
携帯越しの菜摘の声は、心配で震えていた。
『和哉、頼む。あの人の夢は珠玉の下では叶わない。今の医療体制を維持するのは不可能だ。直哉だからこその“今”なんだよ…』
菜摘の弱々しい声に、和哉はキュッと口を結び、拳を強く握りしめた。
「分かっています…兄が他人の下につくなんて、見ていられません」
努力は報われる。実るもの。
それを側で見てきた和哉にとって、兄が負ける――それは努力の敗北を意味していた。
(凡才の自分だからこそ、認めるわけにはいかない)
「見逃しはします。ですが、勝つのは癒しの魔女です」
和哉の瞳の奥が燃えるように熱を帯びる。それを見て、双子の片割れは「は…?」と意味がわからない顔をした。
「お前にも分かるだろ!力の差が!兄様の魔法において右に出る者はいない!魔女最強の一角だぞ!!」
その言葉に、和哉は思わず吹き出した。かすかな笑い声に、胸の奥に詰まっていた悔しさと緊張が解けていく。
同時に、ひよりに申し訳ないという気持ちも込み上げた。
「魔女に仕える者なら分かるはずです。信じるものが全て。信仰を捨てるくらいならば、この身が朽ちることも厭わない――」
「それと同じです」
和哉は言い切り、ひよりを想いながら歩き始めた。
ひよりという信仰対象に命を懸けるのは当たり前だ。それと同時に、兄の夢にも命を懸けたくなった。
(これが兄やひよりが嫌う魔女社会的な考え方…だとしても)
罪悪感が胸をかすめる。
「それでも、ひより様なら…兄を助けてと言ってくださるはずです」
ひよりと兄――普段は冷たいはずのひよりが、兄にだけは柔らかな表情を見せる。その光景が脳裏に蘇る。
普段は話し続ける兄が、ひよりの話をじっと聞き役に徹する姿。
ひよりも、前は全く話さなかったのに、兄には色々と話すようになった。
その二人に飲み物やケーキを差し入れる自分。
気づけば奏人を筆頭に、ぞろぞろと人が集まってくる光景――。
(…思い出しただけで、胸が暖かい)
「あぁーっ!もう分かった!!分かった!!」
そんな記憶に浸る和哉の後ろから、いきなり腕を掴む手があった。
「手伝ってやる!だから、兄さん運ぶの手伝ってくれよ…」
振り返れば双子の片割れだった。背中に背負われたもう片方が兄らしい。
(…半信半疑だが、いいか)
和哉が魔法で双子の兄を浮かせると、弟の方は無言で並んで歩き始めた。
「父様の遺言だ」
唐突に弟が口を開き、和哉は小さく首を傾げる。
「家族に勝る宝はない」
その言葉に、和哉の瞳がわずかに揺れた。
「家出した愚弟だろうと、兄様が――憧れていた幼馴染だろうと。家族だろ。お前もな」
照れくさそうに言う双子の弟。その姿に、思わずクスリと笑ってしまう。
(相当、人間臭い奴だな)
「家族の定義ガバガバじゃないですか?」
「うっせえ!!!そこ突っ込むタイミングじゃないだろ!」
そのやり取りに、張り詰めていた心が少し緩んだ。
「そんなガバガバ定義で、実の兄に刃を向けられるんですか?」
「無理に決まってるだろ!あくまでサポートだっつーの!!」
焦ったように言う弟に、和哉は小さく笑いながら来た道を戻り始めた。




