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孤城のアトリエ  作者: 伊織
第三章:革命の兆し
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第八十六話:知らないこと

「もう、お終いですか?」


 双子の片割れを相手にした和哉は、じっと冷たい視線を送り、わずかに目を細めていた。


「なんで…なんでお前みたいなのが…魔女の従者なんてやってんだよ!!魅了よりも、叡智よりも…」


――強いだろ。

 そう言いかけた片割れの首筋に、和哉は迷いなく手を添えた。指先に伝わる鼓動の速さが、相手の動揺を物語る。


「弱かった私を、強くありたいと思わせてくださったのは、間違いなくひより様です。…主人への忠誠は、力の優劣では決まりません」


 その声には微塵も迷いがなかった。


 片割れは、納得がいかないとでも言うように和哉を睨みつける。

 その幼さすら残る目に、和哉は小さくため息を漏らした。


「貴方は、自分より弱ければ――珠玉の魔女《自身の兄》にも――刃を突き立てるんですか?」


「そんなわけないだろ!」

 怒鳴り返す片割れの声が、どこか震えていた。


「それと同じですよ」


 和哉の低い声に、片割れはハッと息を呑む。肩がわずかに揺れ、悔しそうに唇を噛んだ。そして、ゆっくりと頭を垂れる。


「…わるい」


 根は悪人ではないのだろう。敵対する和哉に対して、こうも素直に謝罪できるのだから。

 だが、血が登りやすく、兄への忠誠が強すぎる――そんな性格が今の悲劇を招いたのだと和哉は悟った。


(人間味がある…さっきまでなら、迷わず殺せただろうに)

 だが今、この片割れを殺すことは、和哉にはできなかった。


「目的は何ですか? 何故、叡智と癒しを狙ったんです?」

 殺意を悟らせぬよう、和哉は質問へと切り替えた。


「戦いに負けちまったしな…。ただ、聞いたからには…見逃してほしい。頼む」

「答えが必要なんだろ?」


 片割れは、わずかに自嘲気味な笑みを浮かべる。和哉も一瞬だけ目を閉じ、悩むことなく頷いた。

 この程度の敵なら、菜摘でも勝てる――そう踏んだからだ。


「愚弟の回収がメインだった。でも、状況が変わった。…()()()()()()()()()()()からだ」


 その名を聞いた瞬間、和哉の胸にひやりとした感覚が走る。

 孤高の魔女。16年前の革命で生き残った2人の魔女のうちの1人。

 表舞台に出てこないため、どんな人物かは謎に包まれている。それでも、良い噂を聞いたことは一度もなかった。


「叡智は守り人も司教たちもいなくなり、良くわからない状況だ。それに子供だし、弱い。癒しも戦闘向きじゃないから戦えない。孤高のいい標的だ。だから…叡智と癒しを吸収して傘下に加える。2人が孤高に討たれたら、間違いなく社会は大混乱だからな」


 その言葉に、和哉は強く拳を握る。無意識に唇を噛み、微かな血の味を感じた。

 自分たちは、ひよりを守っている。守れているつもりだった。

 だが、世間の目にはそう映っていない――だからこそ、他の魔女が動き出したのだ。


「事情は分かりました。でも…だからって、力ずくは違うでしょう?」


 一度吐き出すように息をつき、和哉はわずかに声を震わせながら続けた。

 きっと珠玉が大人しく交渉したとしても、ひよりも直哉も首を縦に振らなかっただろう。それでも…オークションをきっかけに近づき、弟を助ける大義名分を盾に攻撃を仕掛けてきた彼らを、簡単には許せなかった。


「時間がないんだよ!!お前にも分かるだろ!!魔女社会が崩壊したら、また16年前みたいなことが起きる!!自分の兄貴が死ぬかもしれないんだぞ!他のやつのことなんて考えてられるか!」


 激情を吐き出す片割れ。和哉の心にも小さな共鳴があった。

 確かに、方向性で言えば、ひよりは魔女社会の崩壊を目指している。

 それに対して、魔女社会を長く維持しようとする珠玉。

 相容れない思想。だが、理解できないわけでもない。

 崩壊とは、家族や友人や主人が死ぬかもしれない未来なのだ。

 平穏を望めば誰も死なない――そんな希望にすがる気持ちも、わからなくはなかった。


「癒しも…同じなんじゃないのか?癒しの魔女は、人々の平穏を守りたいから戦ってるんじゃないのか?兄様と戦ってたあの人間たちも、そうなんだろ?」


 その問いに、和哉はわずかに目を伏せる。直哉の姿が脳裏に浮かび、唇が震えた。

 確かに兄もまた、変革を望んでいない。ただ、人々の平等と平和を願って戦っているのだ。


「あと一時間もしないうちに、孤高の魔女が癒しを殺しに来る!!お前が説得してくれよ!!頼む!お互い、兄貴が死ぬのは見たくないだろ!!」


「あと一時間」――その言葉に、和哉の心拍が一気に上がる。

 焦りが喉を焼くように広がるが、答えは出ない。それどころか…


「私の…兄が…誰だって…?」


 低く震える声が、静かな怒気を帯びていた。

 なぜ、直哉と自分が兄弟であることを知っている?

 直哉は用心深く、家族の話は外で絶対にしなかった。

 和哉自身も同じだ。唯一知っているのは、ひよりたちを含む、ごく限られた人間だけのはず。


「はぁ?お前、和哉だろ?兄様と直哉は――幼馴染だろ!!」

 片割れは当然のことのように続ける。


「会ったことはないけど、お前のことだって兄様から話に聞いてるし…。何より、菜摘が家出してそのままにしておいたのも、親同士が知り合いだったからで…」


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