第八十ニ話:炎の証明
ひよりが、物騒な言葉を呟く。
(それでも、これしか方法がない――)
しかし、慌てることもなく硝子と朱里は
「分かった。」
「分かりました。」
と冷静に返す。
(安藤さんの時みたいに…優しい炎が出せるのなら。人体を燃やさない炎だって、きっと…できるはずだ。)
理想だけは一人前。できたこともないのに本番でやろうとする――だから子供だと言われる。
(それでも…やるしかない。)
そう思いながらカードをかざす。
ピッという音と共に、勢いよく扉を開け放つ。
「お願い、護って!!」
開けてすぐ、膝丈ほどのガソリンが押し寄せた。
足を取られそうになるが、硝子と朱里が両脇から支えてくれる。
目の前には肩を寄せ合う人々の姿。
どこに潜んでいるか分からない敵が炎を放つ前に、ひよりは声を張り上げた。
「ぐっ!!」
大爆発。それも、これまで紅玉が見せてきたものとは比べ物にならない威力。
とんでもない炎が燃え上がる。
ぶっつけ本番――それでも確かに成功した。
ひよりの出す炎は、間違いなく熱くなかった。
だが、ガソリンの海。
一瞬うまく行こうと、次第に温度がジワジワと上がり始める。
自分では操作できないほどの熱が充満していく。
「あっ、つっ!」
やがて、熱さを感じなかったはずの炎が熱を持ち始め、ひよりは炎に押し負けていく。
「お願いっ…護って…。みんなを護って!!」
「私の炎は、人を傷つけるだけじゃないって!!証明してっっっ!!」
力強く叫ぶ。
それでも温度は安定せず、後ろで支えていた硝子と朱里からは悲鳴にも近い声が漏れる。
「あっつッ!」
「くっっそ!!」
止めどなく溢れ出す涙が頬を伝う。
(現実を見ろと、炎が襲いかかってくる。それでも、負けたくない…!)
力を振り絞り続けるひより。
「準備するってことを知らないよね。お子ちゃまは。」
突然、炎が自分たちの後ろへ吸い込まれていく。
何事かと思う間もなく、炎の威力が弱まった。
ひよりはすかさず温度を安定させるために全神経を集中させた。
ほんの10分程度の出来事。
気づけば、ひよりの出していた炎すら消えていた。
目の前には咳き込み、辛そうにしながらも涙を流して安堵する医療スタッフたちがいる。
「敵さんがシェルターの外から火をつけようとしてたから、吊るして消防車のハシゴにぶら下げといた。背後には気をつけな〜。」
そう言いながら肩を叩いたのは紅玉だった。
「じゃあ、私は…炎つけなくてよかった…?」
ギュッと服を握りしめ、口を結ぶひより。
その頭に、紅玉の手がポンポンと優しく触れる。
「敵がどこから火をつけようとしてるか分からない状況。」
「しかもシェルター内は蒸発したガソリンまみれで、火をつけたもん勝ち状態。」
「敵が先に着火してたら、全員死んでた。妥当な判断だよ。」
ひよりはコクリと頷くが、悔しさが胸を刺す。
「ひより様、落ち込むより先にやることがあるのでは?」
硝子の言葉にハッとする。
疲れ切り、歩くのもやっとな体を引きずりながら外へ出た。
「みんな、来て!!早く!!シェルターの中の人たちの手当てしないと!!」
大声で叫ぶと、たちまち救助の人々がひよりの横を駆け抜けていく。
「魔女様、魔女様もお怪我の手当を!」
救急隊員に担架へ乗せられ、ひよりもまた救急車の中へ運ばれていった。




